季札と信
 
 中国に季札という人がいた。季札が主君の命令によって他国へ使いに行く途中、徐君(徐の王)という朋友に逢い、互いに健康であることを喜び合った。
 時に徐君(しょくん)は季札の帯している剣を、ことのほかほしくなった。季札は、いかにもたやすいことだけれども、今は主君の命によって他国へ行くことになっているので、用事が済み次第、帰国の途中、必ず寄ってこの剣を差し上げると約束し、他国へ出発した。
 しかるに、季札は他国での用事を済ませ、帰路につき徐君を訪ねると、哀れにも徐君は既に死去していた。
 季札は「友の交わりは信をもってする。約束は破れない」と思って徐君の墓に詣で、約束どおり剣を墓に添えて帰ったのであった。
 これは『史記』に記されていて、中国でも日本でも、季札を特に称嘆(しょうたん)して信の手本としたのである。
 (『歴代法主全書』六巻・信について)
            (高橋粛道)