悪  毒  王
 
 インドの亀茲国(きじこく)に一人の悪毒王という名の王がいた。釈尊が御在世中なのに法も聞こうとせず、供養もしなかった。そればかりか、五逆罪を犯し、三宝を誹謗し、邪見放逸(ほういつ)で、因果も信じなかった。
 釈尊は王が地獄に堕ちることを深く哀しんで、彼を救済するために迦葉、舎利弗、目連を召して「この悪毒王は何を好むか」と問うた。三人は「彼の王は牛を好みます」と答えた。そこで釈尊は「舎利弗が牛に、目連が牛飼いに、迦葉が牛主になって彼を利益しなさい」と命じた。

 三人の聖者は仏勅によって彼の国に行き、鶏賓国(けいひんこく)より牛を將(ひき)いてきた由を奏した。王は喜んで牛を見ると、あまりの立派さに大いに満足した。
 王はたくさんの褒美を授けようとしたが、牛主は辞退し、「この牛は普通の人では飼うことができませんから、私達が面倒みます。廷内にとどまって御奉公いたします」と言うと、王はますます喜び、様々な褒美を与えて、別に牛舎を造り、牛を預けた。王は「牛主の名はなんというか」と尋ねた。「はい、妙法と申します」「では、牛飼いは」「はい、蓮華と申します」「さて、牛には名前はないのか」「経と申します」王は牛を見たいとき、「妙法・蓮華・経をひきいてまいれ」と常に言った。

 その後、王はほどなくして死んでしまった。王は一生の間につくった悪業によって獄卒におさえられ、閻魔宮に送られてきた。
 魔王はこれを見て「この人は善人だ。どうして呵責するのか」と注意すると、獄卒は「この罪人は米つぶほどの善根もなく、民を苦しめ、五欲にひたり、三毒の盛んな悪人です。どうして罰を蒙(こうむ)らないのでしょうか」と言うと、魔王は「この人の札(ふだ)を見なさい。牛を愛したために三業を正すことはできなかったが、自然に妙法蓮華経と唱えた。これが一番の善根である。よって悪道に堕ちることはない。再び裟婆に帰って、口に妙法を唱えた縁により真実の法華経の修行者となり、次の生には仏果を成就するであろう」と言って裟婆に帰した。王は七日目に蘇生して、すぐに仏様の所に参詣して罪業を懺悔(ざんげ)したのであった。

 日寛上人は三国伝記を引用されて、「たとえ妙法蓮華経がどういうことなのか知らなくとも、ただ唱えるだけでこれだけの功徳があるのであるから、信仰者が唱える功徳は莫大で、それはあたかも磁石(じしゃく)が鉄を吸い、琥珀(こはく)が塵を吸うように、御本尊の法力、仏力によって成仏は疑いない。唱題こそ最も重要である」といわれている。
 (寿量演説抄中・歴代法主全書四−二五三)