摩訶薩タ(まかさった)の捨身
 
  過去の世に摩訶羅陀という王がいて、王には三人の子供がいた。第一の太子を摩訶波那羅といい、次子を摩訶提婆といい、第三子を摩訶薩タといった。この三王子は多くの園林で遊戯観看してから大竹林の中に入り、そこで休息した。
 第一の王子は「私は今日、心が甚しく怖キョ(恐れ)している。この林中において衰損が無いであろうか」と言い、第二の王子は「私は今日、自ら身命を惜しまない、ただ愛する者と離れていて憂愁するのみである」と言い、第三の王子は「私は今日、独り怖キョも愁悩もない。この場所は閑静にして、よく行人のために安穏に楽を受けさせてくれる」と言い終わって三人がさらに竹林中を前進すると、そこに一匹の虎が横たわっていた。出産してから七日ほど経っていて、しかも七匹の子供がいた。七子は飢えのあまり命、絶(た)えんとしていた。
 第一の王子が親の虎を見て「飢えが迫れば必ず子を食うであろう」と言った。
第三の王子「この虎の常の食物は何か」
第一の王子「ただ新熱の血肉を食す」
第三の王子「誰がよくこの虎に食を与えるのか」
第二の王子「この虎はあまりにも飢えていて、身体が弱り、余命、幾ばくもない。だから食を他に求めることはできない。誰かこの虎のために身命を惜しまない者はいないか」
第一の王子「一切に捨て難いのは自分の身である」
第二の王子「我等は今、貪惜しているので身を捨てることはできない。智慧が少なく、しかも恐ろしい。しかし、諸大士が他を利益しようとして大慈悲心を生じれば他のために身命を捨てることは難しいことではない」
時に王子達は大いに憂愁し、なかなかその場から離れがたかったが、やがて立ち去った。その時である。第三の王子が「我れ、今、身を棄てる時が来た。私は昔より身を捨ててきたが有益でなかった。今、この身を飢えた虎に与えて菩提を求めようと思う」と宣言し、兄達の制止を恐れて「兄さん達は臣下の者と共に帰城してください」と言った。そして摩訶薩タは虎の所に来て身に着けた衣裳を脱ぎ、それを竹枝の上に置き、自ら身を放って餓虎の前に臥(ふ)した。
 この時、虎は王子の大慈悲力の故に食すことができず、じっとしていた。王子は「虎は衰弱しすぎて我が血肉を食せないのだ」と考え、起きて刀を探したが見当たらず、やむなく乾竹を掴んで自分の首に刺して血を流し、高山の上より身を虎の前に投じた。
 この時、天地は六種に震動し、日光が遮(さえぎ)られ、天より種々の妙香を雨(ふ)らした。
 虎は即ち血を嘗(な)め、その肉をタン食して、ただ骨を残したのである。
 これは金光明経の捨身品に説かれているものである。
 (歴代法主全書四巻)
             (高橋粛道)