| 他人のためは自分のためだった 信心で境界拓いて |
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| 今回は、三千二百人が所属する正行院の本部(日本でいう寺院の支部)を牽引する副幹事(副講頭にあたる)の呂佩如(リユー・ペイ・ルー)さんにお話を伺った。 | |
| ●入信の背景と、その当時のことをお話ください。 呂 一九九八(平成十)年、当時の私はソーシャルワーカーの仕事をしていました。その頃、ボランティア活動をされていたご夫婦から折伏を受け、入信しました。その方が現在の正行院の幹事ご夫妻です。根気強く寄り添いながら信心を励ましてくださいました。 初めは先輩方とご登山したり、ほぼ毎週末に御報恩御講やさまざまな活動に連れていっていただきました。私はソーシャルワーカーとして、「専門的な知識があれば人を救うことはできる」と信じていました。しかし、仕事のなかで、多くの苦しみは制度や技術だけでは解決できないと痛感しました。 妙法に出合って初めて、人の苦悩を根本から解決するのは外側の条件を整えることではなく、御本尊様への信心によって自身の一念を変えていくことなのだと知りました。 今でも、信心の先輩方がずっと寄り添ってくださったことに心から感謝しています。信心の成長を急かすことなく見守り、寄り添い続けてくださいました。その姿から、信心の育成とは教えることだけでなく、「寄り添うこと」が大事なのだと深く実感しています。 ●役職に就いたことによる最も大きな変化は何でしたか。 呂 よく「役職はたいへんではありませんか」と聞かれます。私はいつも笑って「もちろん、たいへんですよ」と答えます。入信後は日中に仕事をし、仕事が終われば家庭訪問、休日のほとんどはお寺で過ごしていました。しかし、私にとって信心活動のご奉公はけっして負担ではなく、私自身を支えてくれる大切な力となっています。 二〇〇〇年に主任(幹事・副幹事に次ぐ役職)を拝命した当時、私は長年、摂食障害や心臓の不調に悩まされ、「自分の人生に希望はあるのだろうか」と思うほど苦しい時期を過ごしていました。ところが不思議なことに、家庭訪問や折伏、唱題に心を向けるようになると、自身の病気のことを少しずつ忘れるようになったのです。 信心活動を通して多くを学んだ 振り返ってみても、いつ健康を取り戻したのかは判りません。ただ、自分の力で治ったのではなく、御本尊様が一歩一歩導いてくださったと感じています。また、以前は自分が信徒の方々を支えていると思っていましたが、歩み続けるうちに、皆さんが私を支え、人生で最も苦しい時期をともに歩んでくださっていたのだと気づきました。 ●主任を長年務めるなかで、最も大きな学びは何でしたか。 呂 主任として約二十四年間ご奉公するなかで、広布を進展させたいという思いから、知らず知らずのうちに役員の方々へ期待をかけ過ぎてしまうことがありました。また、折伏目標を達成できず焦りを感じ、信徒の方からのひと言に傷つき、夜遅く唱題しながら涙を流したこともありました。「役職に就き続けるのは名聞名利のためではないか」と誤解されたこともありました。その時、あえて弁解せず、ひたすら唱題し、自らを見つめ直しました。 そうしてようやく気づいたのは、私が手放せなかったのは役職ではなく、御本尊様から戴いた御恩に報いたい一念だったということです。ご奉公とは、自分を誇示するためのものではなく、ご奉公のなかでこそ自身の境界を大きく開いてくることができたのです。 以前は「広布のお手伝いを成し遂げたい」という思いだけが強くありました。 しかし今は、そこに、目の前の一人ひとりに寄り添うことを大切にしたいとの思いが加わりました。 御主管(佐藤良善御尊師)より推薦をいただき、副幹事の任をいただきました。この新たな責任を通しても、真の育成とは相手に要求するだけでなく、寄り添うことだと改めて教えられています。 ●お寺の折伏推進の様子と、その活動を通して感じたことを聞かせてください。 呂 御主管は、常に広布へ打ち込むことが大事だと御指導くださり「折伏とは成果数を追い求めることでなく、一人ひとりの幸福を心から願うこと」と教えてくださいます。ですから正行院では、広布唱題会や御講、各法要への案内のほか、街頭折伏、家庭訪問を定期的に行い、座談会や各部活動、体験発表を通じてお互いを励まし合い、成長することを大切にしています。 入信直後、私が初めに目標としたのは両親の折伏でした。毎日、両親のために祈り続けた結果、翌年には二人とも入信できました。この経験を通して、折伏とは無理に勧めることではなく、心から感じる疑いのない幸福境界を、最も大切な人へ伝えることなのだと確信しています。 現在も家庭訪問や折伏、信心活動のたびに、自分自身へ「まず耳を傾け、思いやり、寄り添おう」と言い聞かせています。それが、広布前進への最も尊い歩みであると信じます。 妙法の偉大な功徳をあらゆる人に ●今後の抱負と、皆さんへのメッセージをどうぞ。 呂 二十八年にわたる信心の歩みを振り返るたびに、御本尊様は私の人生を変えてくださっただけでなく、信心によって人生と向き合うことを教えてくださったのだと実感しています。 私は幼い頃から別れや死をとても恐れていました。しかし妙法に出合い、生命は常に御本尊様に御守護戴いていることを、少しずつ信じられるようになりました。両親が人生の最期の時を迎えた際も、自分が最も信じる妙法によって寄り添い続けることができ、安らかで荘厳な臨終に立ち会って感謝で胸がいっぱいになりました。妙法によって、別れへの恐れを乗り越えられたのです。 ここまで歩んできて、役割が変わり責任は増えても、けっして変わらないのは、「一人でも多くの人の幸福を祈りたい」という入信当初の初心です。かつて先輩方に支えていただいたことを忘れず、常に心に留めています。 もし「二十八年間の信心で一番得たものは何か」と聞かれたら、人に寄り添うなかで、本当の自分を取り戻せたこと。そして、他人の幸福を真心から祈る時、自分自身の境界もまた大きく開けていくこと、それが、私の戴いた最大の功徳です。 これからも入信当初の感動を胸に、一つひとつの縁を大切に、一人ひとりの幸福を心から祈ってご奉公を続けてまいります。 |
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