| 御法主上人猊下お言葉 |
| 7月度広布唱題会の砌 (令和8年7月5日 於総本山客殿) 本日は、七月度の広布唱題会に当たりまして、皆様方には時節柄、諸事御繁忙のところ、わざわざ時間を割いて出席され、まことに御苦労さまでございます。 既に皆様方には御承知の通り、今、宗門は、全国の法華講中ともに僧俗一致・異体同心の団結をもって、一天広布を目指して果敢に折伏を行じております。 その折伏について、総本山第二十六世日寛上人は『報恩抄文段』のなかで、 「邪法を退治するは即ち是れ報恩(中略)正法を弘通するは即ち是れ謝徳(中略)謂わく、身命を惜しまず邪法を退治し、正法を弘通する、則ち一切の恩として報せざること莫きが故なり」(御書文段 三八四n) と御教示あそばされております。 すなわち、折伏こそが、父母の恩、衆生の恩、国王の恩、三宝の恩の四恩に報いるための、最高至善の報恩行であると御指南あそばされているのであります。 その折伏を実践するに当たって大切なことは、まず、しっかりと唱題に励むことであります。御承知のように、唱題は一切の仏道修行の根本であり、成仏のための最も大切な行であります。 また、日寛上人は『観心本尊抄文段』に、 「自行若し満つれば必ず化他有り。化他は即ち是れ慈悲なり」(同 二一九n) と、唱題行の功徳が満つるところ、必ず折伏の実践が伴うことを御指南あそばされております。 したがって、私どもが折伏を行ずるに当たって、まず、なすべきことは、真剣に唱顎に励み、その功徳と歓喜をもって折伏に打って出ることであります。 また、折伏をするに当たって大切なことは、慈悲の心を持つことであります。この妙法は、いかにしたら人々が幸せになるか、ということを示された教えであります。 大聖人様は『阿仏房尼御前御返事』に、 「云ひて罪のまぬかるべきを、見ながら聞きながら置いていましめざる事、眼耳の二徳忽ちに破れて大無慈悲なり。章安の云はく『慈無くして親しむは即ち是彼が怨なり』等云云」(御書 九〇六n) と仰せであります。慈悲というのは、相手の苦を取り除き、楽を与えることであります。したがって、どんなに心を許している友人がいたとしても、慈悲の心を持たないで、ただ表面的に仲良く付き合っているだけでは、相手にとって怨にこそなれ、決して為にはならないのであります。また、私どもの折伏は、傍観者的な姿勢であったり、弱い折伏であってはなりません。大聖人様は『曽谷殿御返事』に、 「謗法を責めずして成仏を願はゞ、火の中に水を求め、水の中に火を尋ぬるが如くなるべし。はかなしはかなし」(同一〇四〇n) と仰せであります。世間には、人々を惑わす様々な邪宗教が蔓延しております。その邪義邪宗に誑かされ人達や、邪宗教に浸りきっている人達が大勢おります。 こうした人達に対して、謗法こそ多くの人々を不幸にし、世の中を危うくする元凶であることをしっかりと伝え、正しい法を教え、断固として謗法を破折し、折伏をすることが、今、最も大事であります。 しこうして、その折伏は誰でもできることであります。要は、折伏はやろうと思えば、誰でもできるのであります。 されば、大聖人様は『法華初心成仏抄』に、 「とてもかくても法華経を強ひて説き聞かすべし。信ぜん人は仏になるべし、謗ぜん者は毒鼓の縁となって仏になるべきなり」(同一三一六n) と仰せであります。 本日お集まりの皆様には、本年度の折伏誓願目標は、たとえいかなることがあろうとも必ず達成するとの強い決意を持って、講中一結・異体同心し、互いに励まし合い、協力し合い、勇躍、断固として折伏を行じられますよう心からお願いをいたしまして、本日の挨拶といたします。 |