御法主日如上人御指南 
御法主上人猊下お言葉
四月度広布唱題会の砌
(令和八年四月五日 於総本山客殿)

四月度の広布唱題会に当たりまして、皆様方には深信の御参加、まことに御苦労さまでございます。
 さて今、私どもは幸いにも末法の御本仏宗祖日蓮大聖人様の大慈大悲によって、煩悩と業と苦に苦しむ我が身を、一生成仏の道に歩ませていただいております。
 されば、私どもは、どのようにすれば、この仏祖三宝尊の広大なる御恩徳に報いることができるのか。
 総本山第二十六世日寛上人は、三宝の御恩に報いる道は、折伏することであると仰せられております。すなわち『報恩抄文段』に、
「邪法を退治するは即ち是れ報恩(中略)正法を弘通するは即ち是れ謝徳(中略)謂わく、身命を惜しまず邪法を退治し、正法を弘通する、則ち一切の恩として報ぜざること莫きが故なり」(御書文段 三八四n)
と御指南をあそばされております。
 まさに、折伏こそが四恩すなわち、父母の恩、衆生の恩、国王の恩、そして三宝の恩に報いるための最善の報恩行であると仰せられているのであります。
 その折伏を実践するに当たって大切なことは何かといえば、まず、おのれ自身がしっかりと信心に励むことであります。されば、日寛上人は『観心本尊抄文段』に、
「自行若し満つれば必ず化他有り。化他は即ち是れ慈悲なり」(同 二一九n)
と仰せられ、信心が満つるところに、必ず折伏の実践が伴うことを御指南されています。
 御本尊様に祈り、相手を思う真心と、強い確信が命の底から涌き上がってきたときに、その言葉は、必ず相手の心を揺さぶらずにはおかないのであります。
 逆に、折伏をしていないということは、どういうことになるのかといえば、それは人が苦しんでいるのを見ながら、放っておくことと同じでありますから、これほど無慈悲なことはありません。
 よって、大聖人様は『阿仏房尼御前御返事』に、
「云ひて罪のまぬかるべきを、見ながら聞きながら置いていましめざる事、眼耳の二徳忽ちに破れて大無慈悲なり。章安の云はく『慈無くして詐り親しむは即ち是彼が怨なり』等云云」(御書九〇六n)
と仰せであります。また『曽谷殿御返事』
「謗法を責めずして成仏を願はゞ、火の中に水を求め、水の中に火を尋ぬるが如くなるべし。はかなしはかなし」(同一〇四〇n)
と仰せあそばされております。
 世間では、邪義邪宗の間違った教えが多くの人達の心を惑わせております。そういう人達に対して、謗法は不幸の根源であること。謗法こそ人を不幸にし、社会を危うくする元凶であることをはっきりと言いきって、私達は勇気を持って折伏をすべきであります。
 そして、その折伏は、実はだれでもできることであります。もし、友人、知人、親戚のなかで、折伏をしたい人がいれば、講中の方々の応援などを得て、一日も早く折伏をすることが肝要であります。
 特に、本日お集まりの皆様には、本年度の折伏誓願目標は、いかなることがあろうとも必ず達成するとの強い決意と信念を持って、折伏に邁進されますよう心からお願いをいたしまして、本日の挨拶といたします。