ほん ぎょう じ
本 行 寺
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大日蓮より抜粋 
 
 復興七十周年記念法要
 十一月二十六日午前十時より、東京都墨田区の本行寺(村上節道住職)において、同寺の復興七十周年記念法要が厳粛かつ盛大に奉修された。
 同寺は、寛永十五(一六三八)年十二月、当時、同区向島の常泉寺住職であった本行院日優贈上人の発願により、常泉寺の境内地に本行坊として開創された。
 その後、大正十二(一九二三)年九月一日に起きた関東大震災によって、本堂・庫裡が焼失したが、十二年後の昭和十年六月十九日には復興され、同十七年三月三十一日に本行寺と寺号公称した。
 しかしながら、昭和二十年三月十日の東京大空襲によって、再び焼失した。
 そして、昭和二十二年五月十三日に復興初代住職として阿部信雄師(前御法主日顕上人猊下)が就任し、翌年十一月二十三日に寺院を復興され、同二十八年十月十九日には本堂の新築が行われた。
 昭和三十八年四月八日には、復興第二代住職として高野永済師(常法院日海上人)が就任し、本堂内陣の改装等が行われ、翌年十月二日、総本山第六十六世日達上人の大導師のもと、入仏法要が奉修された。
 昭和四十七年十一月十日には、本堂と庫裡が現在の鉄筋コンクリート造りに新築され、日達上人の大導師のもと、新築落慶法要が奉修された。
 そして、昭和六十二年十二月三日には日顕上人の大導師のもと、同寺の開創三百五十年記念法要が奉修された。
 その後、平成二十五年一月七日に復興第三代住職として村上師が就任し、さらなる寺檀和合・寺運興隆が図られた。
 そしてこのたびの慶事に当たり、法華講員一同の御供養により、本堂安置御本尊の御荘厳直し、御宝前の荘厳、天蓋(てんがい)の新調、本堂内外装の改修、山号・寺号額の設置、本堂の音響・空調設備の新調等が行われ、同日の法要を迎えたものである。
 この法要には、八木日照総監、藤本日潤重役、舟橋日謙能化、芳賀円道東京第一布教区宗務支院長をはじめ布教区内外の僧侶が出席。また、星野浩一郎法華講連合会委員長・篠田泰夫同副委員長の各法華講大講頭、佐々木宣英東京第一地方部長をはじめ信徒多数が参列した。
 法要に先立ち、八木総監により山号額、寺号額の除幕がなされた。
 法要は、村上住職の導師により献膳、読経、唱題と如法に奉修された。
 引き続き式の部に移り、松田秀一総代より御供養目録が奉呈され、これに対して村上住職より受書が授与された。
 次に、松田総代より経過報告、南里洋子講頭より挨拶、八木総監、芳賀支院長、星野大講頭よりそれぞれ祝辞が述べられたのち、日顕上人より賜った御祝辞が披露された。
 こののち、住職より工事関係者に対して、感謝状と記念品が贈呈された。
 最後に、村上住職より参列の各位に対して丁重な謝辞と今後の決意が披瀝された。
 小憩ののち、北海道北見市の法眼院主管・佐藤正悌師により布教講演が行われた。
 このあと本堂において記念撮影が行われ、法要の一切は滞りなく終了した。