じ みょう じ
持 妙 寺
画像が欠落の場合は「更新」を押して下さい 
大日蓮より抜粋 
 
 創立五十周年記念本堂新築落慶法要
 十一月二十五日、静岡県御殿場市において、御法主日如上人猊下の大導師のもと、持妙寺(岩山信寿住職)の創立五十周年記念本堂新築落慶法要が、厳粛かつ盛大に奉修された。
 同寺は、当時、総本山塔中・理境坊住職であった落合慈仁師の発願により土地が寄進され、昭和四十一年十二月二十三日、総本山第六十六世日達上人の大導師のもと、落慶入仏法要が奉修された。
 その後、初代住職が自称正信会に所属し、擯斥処分に付されながらも同寺を不法に占拠し続けたが、初代住職の死去に伴い、持妙寺の一切が宗門に返還され、平成五年五月四日に第二代住職として松藤欣道師が就任した。
 そして、荒廃した本堂・庫裡が改装され、平成五年九月一日には法華講持妙寺支部が、同月七日には東京都東村山市の信徒を中心とした法華講持妙寺妙華講支部が結成した。また、翌年四月五日には境内地に墓地が新設された。
 その後、松藤師の逝去に伴い、平成十三年二月十八日に第三代住職として大薮道生師が、同二十一年十一月十七日に第四代住職として岩山師が就任した。
 以来、岩山住職の指導のもと、さらなる寺檀和合・寺運興隆が図られるなか、平成二十三年三月十五日に発生した静岡県東部地震により、本堂は甚大な損害を被った。
 これを契機に、本堂の耐震性を調査した結果、地震の被害と建物の老朽化によって、倒壊の可能性が高いとの診断を受けた。
 そこで、岩山住職および同寺総代・役員が協議を重ね、創立五十周年を記念して本堂を新築する計画が立てられた。
 そして、平成二十九年三月三十日に起工式、同年六月四日に上棟式が奉修された。
 その後、受付玄関・談話室・信徒用トイレの改修が行われ、さらに持妙寺支部と妙華講支部が共に、平成二十九年度の折伏誓願目標を達成し、同日の慶事を迎えたものである。
 この法要には、阿部信彰布教部長、森田厚道財務部長、田爪鏡道大石寺理事、関戸慈誠静岡東布教区宗務支院長をはじめ布教区内外の僧侶が出席。また、法華講連合会委員長の星野浩一郎法華講大講頭、杉浦明静岡東地方部長をはじめ布教区内寺院の代表信徒など多数が参列した。
 午前九時四十分、僧俗一同がお待ちするなか、御法主上人が持妙寺に到着され、直ちに寺号額の除幕がなされた。
 控え室に入られた御法主上人は、小憩の間もなく、岩山住職、僧侶、法華講連合会役員・地方部役員、布教区内の各支部代表、持妙寺ならびに妙華講信徒代表、施工業者、寺族、親族の順に、親しくお目通りを許された。



 法要は十時十五分に開始され、御法主上人の大導師のもと、岩山住職による御本尊御開扉、阿部布教部長による献膳の儀、読経、唱題と如法に奉修された。
 こののち、御法主上人より甚深の御指南を賜った。
 引き続き式の部に移り、高木俊治総代より経過報告、阿部布教部長、関戸支院長、星野大講頭よりそれぞれ祝辞が述べられたのち、祝電が披露された。
 次に、岩山住職より施工業者に対して、感謝状と記念品が贈呈された。
 最後に、岩山住職より御法主上人および参列の各位に対して丁重な謝辞と今後の決意が披瀝され、式の部は終了した。
 そののち、御法主上人は本堂玄関脇において、代表者と共に「槙(まき)」のお手植えをされた。
 小憩ののち、午後零時四十五分に御法主上人は再び本堂に出仕され、『立正安国論』の冒頭(御書二三四n一行目)から「恐れずんばあるべからず」(同n一六行目)までの御文について、一時間余にわたり甚深の御説法をなされた。
 そののち、御法主上人は本堂において親しく記念撮影に臨まれ、二時四十五分、僧俗一同がお見送りするなか、持妙寺をあとにされた。