みょう やく じ | |
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大日蓮より抜粋 | |
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六月十一日、大分県豊後大野市において、本種山妙益寺(旧妙益院・小野寺正澄住職)の移転新築・寺号公称板御本尊入仏法要が、御法主日如上人猊下の大導師のもと、厳粛かつ盛大に奉修された。 妙益院は、大分県竹田市に建立され、前御法主日顕上人猊下の御名代で、当時の海外部長であった前川慈肇師(現慧高院日秀能化)の御導師のもと、昭和五十九年十二月十五日に落慶入仏法要が奉修された。 初代主管として小野寺師が就任し、以来、二十八年の長きにわたり寺檀和合、寺運興隆が図られてきた。 しかし、同地域は、土壌が阿蘇山火砕流の堆積物で形成されているため、治水が困難なことで知られ、そのなかでも妙益院付近は水害を被りやすい地勢であった。 平成二年七月の竹田市大水害をはじめとして、同院は幾度も被災し、そのたびごとに建物・境内地の災害復旧工事を強いられてきた。 そして、昨年の七月十二日には、九州北部豪雨の影響で、同院境内に隣接していた山が崩落し、人的被害はなかったものの、建物等に甚大な損害を被った。 この災害を契機に移転の気運が高まり、小野寺主管と所属信徒、また同院有縁の僧俗の篤志により、さらには日蓮正宗の援助と宗務院の指導のもと、建立候補地の選定が始まった。 そしてこのたび、かねてより念願であった移転新築・寺号公称がかない、同日の慶事を迎えたものである。 この法要には、斎藤栄順庶務部長、梅屋誠岳渉外部副部長、小林道剛大石寺理事補、斎藤善道大分布教区宗務支院長をはじめ布教区内外の僧侶が出席。また、法華講連合会委員長の永井藤蔵法華講大講頭、鎗丸明晃大分地方部長をはじめ布教区内寺院の代表信徒多数が参列した。 午前九時半、僧俗一同がお待ち申し上げるなか、御法主上人が妙益寺に到着あそばされ、直ちに山号額の除幕をなされた。 控え室に入られた御法主上人は、小憩の間もなく、小野寺師に住職の辞令を授与され、続いて僧侶、法華講大講頭・地方部長、各支部講頭、妙益寺総代・支部役員、寺族、親族、来賓の順に、親しくお目通りを許された。 法要は十時前に開始され、御法主上人の大導師のもと、小野寺住職による御本尊御開扉、斎藤庶務部長による献膳の儀、読経、唱題と如法に奉修された。 こののち、御法主上人より甚深の御指南を賜った。 引き続き式の部に移り、後藤員徳総代より経過報告、斎藤庶務部長、斎藤支院長、永井大講頭より祝辞が述べられた。 最後に、小野寺住職より御法主上人および参列の各位に対して丁重な謝辞と今後の決意が披瀝され、式の部は終了した。 こののち、御法主上人には午後零時二十分に再び本堂に出仕あそばされ、 『立正安国論』の「客則(すなわ)ち和(やわ)らぎて日く」(御書二四四n一行目)から「一切讃歎(さんだん)すべし』と」(同n一八行目)までの御文について、約一時間十分にわたり、甚深の御親教をあそばされた。 そののち、御法主上人は本堂において記念撮影に臨まれたあと、本堂玄関前において、代表者と共に「山桃」のお手植えをされ、二時二十分、僧俗一同がお見送り申し上げるなか、妙益寺をあとにされた。 |
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