| ほう ご じ |
| 大日蓮より抜粋 |
| 令和七年八月二十四日午後一時から、京都府舞鶴市の法護寺(菅野成靖住職)において、同寺の移転新築・寺号公称四十周年記念法要が厳粛かつ盛大に奉修された。 同寺は、自称正信会の不法占拠によって、同市の実度寺に参詣がかなわなくなった所属信徒のために、昭和五十六年七月二十日、総本山第六十七世日顕上人の御慈悲により、同市に大石寺舞鶴出張所法護院が開所され、担任教師として中野晋道師(現栃木県鹿沼市・仏城寺住職)が就任した。 その後、昭和六十年七月二十三日、現在地に本堂・庫裡を移転新築し、日顕上人の大導師のもと、移転新築・寺号公称鶴照山法謹寺落慶入仏法要が奉修された。 翌昭和六十一年には隣接する土地を、平成元年には寺院裏の土地をそれぞれ取得して寺域を拡張し、同年、庫裡の増築が行われた。 そののち、平成四年五月二十四日には法華講法護寺支部が結成され、同十九年三月七日には第二代住職として石井正恩師(現山梨県身延町・有明寺住職)が就任した。 令和二年一月二十八日には第三代住職として菅野師が就任し、さらなる寺檀和合・寺運興隆が図られてきた。 そしてこのたびの慶事に当たり、記念常住御本尊ならびに導師御本尊の御下付をはじめ、駐車場のアスファルト舗装、竹垣フェンスの新調、本堂の信徒用椅子の新調が行われ、同日の法要を迎えたものである。 この法要には、阿部郭道京都布教区宗務支院長をはじめ布教区内外の僧侶が出席。また、鷲見美利京都地方部長をはじめ同寺の信徒が参列した。 法要は、菅野住職の導師により献膳、読経、唱題と如法に奉修された。 引き続き式の部に移り、和泉盛利総代から御供養目録が奉呈され、これに対して菅野住職から受けが授与された。 次に、山本千江一総代から経過報告があったのち、阿部支院長・鷲見地方部長から、それぞれ祝辞が述べられた。 続いて、菅野住職から参列の各位に対して丁重な謝辞と今後の決意が披瀝された。 小憩ののち、神奈川県小田原市の小田原教会主管・西村法連師により布教講演が行われた。 このあと本堂において記念撮影が行われ、法要の一切は滞りなく終了した。 |