がん じょう  じ
願 成 寺
  
大日蓮より抜粋 
 
 第30代住職座替り式
  七月十八日、福島県須賀川市の願成寺において、同寺の第三十代住職・駒井法彰師の座替り式が厳粛に奉修された。
 同寺は、嘉元二(一三〇四)年十月、日目上人の弟子である大夫阿闍梨日尊師により、同県岩瀬郡内高林(現在の同市天栄村高林)の地に建立された。
 日尊師は、第二祖日興上人が正応三(一二九〇)年十月十二日に大石寺を建立されると、塔中の久成坊を建立した。そして、お給仕に勤められてきたが、九年後の正安元(一二九九)年秋、日興上人が重須談所において御説法の折、聴聞の態度を呵責(かしゃく)され、勘当を言い渡された。
 このことを深く反省懺悔(さんげ)した日尊師は、その後、各地の布教に励み、三十六力寺もの寺院を改宗・建立した。そしてその功績が認められ、十二年後の応長元(一三一一)年十月十二日、勘当が解かれたと伝えられている。
 そして同寺は、勘当中の日尊師が改宗・建立した三十六力寺のうちの一つに数えられる古刹(こさつ)である。
 建立以来、歴代住職と信徒によって同寺の発展・拡充が図られるなか、文政十二(一八二九)年に現在地に移転新築された。
 現在の本堂・庫裡は、昭和三十五年十一月十日に再建され、総本山第六十六世日達上人の大導師のもと、落慶入仏法要が奉修された。
 ところが昭和五十七年、第二十九代住職であった者が自称正信会に所属し、宗門からたび重なる訓戒を受けるも聞き入れることなく、以来四十一年の長きにわたり、同寺を不法に占拠し続けた。
 しかして本年三月、元住職の死去に伴い、六月六日に同寺の土地・建物等の一切が引き渡されたのち、同日の座替り式を迎えたものである。
 座替り式は午前十時半から奉修され、これには高木栄顕福島布教区宗務支院長、前兼務住職で同市の広宣寺住職・稲用正福師をはじめ布教区内外の僧侶が出席。また、菅野晋福島地方部長をはじめ代表信徒等が参列した。
 式に先立ち、高木支院長から駒井師に願成寺住職の辞令が伝達された。
 式は、稲用師の導師によって進められた。そして、寿量品の「而説偈言」で磐(けい)が打たれたのち、稲用師が「当山第三十代・法彰房これへ」と呼招して導師座を降り、駒井師が導師座に着いて、自我偈の読経、唱題と如法に修された。
 次に、高木支院長から経過報告があったあと、祝辞と新住職の紹介が述べられた。
 続いて、駒井新住職から参列の各位に対して丁重な謝辞と今後の決意が披瀝されたあと、本堂において記念撮影が行われ、座替り式は滞りなく終了した。
 こののち、駒井住職、稲用師などの同寺関係者は広宣寺へと移動し、高木支院長、総代の立ち会いのもと、事務引き継ぎが行われた。
 なお、同寺の建物は、経年劣化と東日本大震災およびその後のたび重なる余震等の被害を受け、損傷が著しいことから、本堂の改修ならびに庫裡の新築を一年程度かけて行ったのち、復帰奉告法要ならびに入院式を奉修する予定である。