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妙宝寺支部 高城明恵 |
息子が三歳児検診の際「発語が遅い」という診断で、さらに詳しく診察を受けた結果、「広汎性発達障害かも知れないので、発達センターに通ってみませんか」と言われ、目の前が真っ暗になりました。「広汎性発達障害」とはいわゆる「自閉症」です。 単に発語が遅いだけなのに、自閉症という診断に納得がいきませんでした。発達センターの「三歳児だと『お菓子、ちょうだい』など二語文を中心に会話をします。お話だとお子さんは『ブー、パー』などの音で、『ブーブー、パパ』といった反復音がありません。検査をしてみないと判りませんが、言語に関しては一歳半ぐらいでしょう」という話にさらにショックで、「何が悪かったんだろう」と自分を責める毎日でした。そんなときに総本山第六十八世日如上人御代替慶祝登山でご登山させていただきました。 御開扉のとき、「せめて反復音ができるようにしてください」とあふれる涙を拭うのも忘れるほど一生懸命御祈念しました。出口で息子を抱き抱えたとき、私の顔を見て「ママ」、主人を指差して「パパ」とはっきり言いました。びっくりして主人と顔を見合せ「ママ、パパって言ったよね」と確認しました。もう一度言わないかと息子に話しかけましたが言いません。しかし、「御本尊様が願いを叶えてくださった。御開扉の功徳ってすごい」と思いました。 後日、面談で「異例の速さで単語が増えています。発音がはっきりしないながらも、クラスの子供たちとフルコーラスで歌を唄えるようになってきました」という話に喜びましたが、若干の介助が必要なため、通常の幼稚園への入園は園長先生次第。小学校入学のことも考えると、支援学級の幼稚園では、さらに他の子供より遅れてしまいます。市の規定で両方に申請できないと聞き、困っていました。 そんなとき、「支部総登山の座談会の法話は、どんなテーマがよいか」という話に「子供に信心を躾けるとか、そのような法話はだめでしょうか」と言うと、御住職・今福永明御尊師が、「それは朝夕の勤行しかないんだよ。名前は言えなくても『南無妙法蓮華経』が言えれば大丈夫。君のところは大きな声で言っているじゃないか。必ず守ってもらえる。しっかりがんばりなさい」と御指導をいただき、支部総登山で「必ず守って戴ける信心をしないと」と決意して御開扉に臨み、通常の幼稚園への申請を決めました。 入園審査のため、市教育委員会の面談を受けました。息子の今までになくはっきりと質問に答える姿に驚き、これも御開扉の功徳だと思いました。無事に通園が許され、思っていた以上に順調な通園生活に、センターの先生も驚いていました。 その年の十一月、新たな問題が発生しました。息子が風邪をひき、いつまでも鼻だけがゴボゴボといった感じで詰まります。いくつも病院を替え調べましたが原因が判らず、どの先生も一様に風邪という診断でした。夜中になると鼻が詰まり目が覚めてしまうので、上体が高くなるようマットを入れたり、アロマオイルなどを使ってみました。何をしてもだめなときには私のほうが精神的に変になりそうで、口に枕を当て「ぎゃー」と思いっきり叫んだ後、二時間ぐらい子供を抱き抱えて「病気を治してください」と唱題すると、不思議に鼻が通って寝ました。 翌年の三月には、目が赤くなっていたので眼科に行き、視力検査をすると両目で〇・四しか見えておらず、遠視が判りました。作業療法士の先生から「連動発達が遅れていた原因の一つでしょう。鼻も完治しないと集中力が低下し、小学校に入ってからの学習に支障が出る」という話がありました。 なぜ私はこんな苦労をするのだろうか。いとこや弟の子供は普通なのに。少なくとも、いとこや弟夫婦よりお寺に多く参詣し、ご登山させていただいているはずなのに、何が違っているのだろうと思うと涙が止まりません。その日の御報恩御講で、 「このやまひは仏の御はからひか。(中略)病によりて道心はおこり候か」(御書 九〇〇n) という御文があり、泣いても仕方ない、唱題しかないと思いました。 亡き父が「親子三人でしっかり罪障を消滅できるよう信心に励まないといけないし、一生懸命しているからどんどん罪障が出てくる。それを乗り越えたときに、その体験で折伏させていただける。それが有り難いんだよ」と言ったことも思い出しました。父が亡くなったこともあり、少し信心に疑問を持っていた自分に気づき、反省しました。その後、視力は両目で〇・七になりました。 九月の就学相談で「下駄箱や鞄は一年生の所属クラスに置き、国語や算数のみ支援学級を利用できる」という話でしたが、入学予定の小学校では「本校ではその形態はできません。私は、自立の第一歩は自分で登校できることだと思います。これは提案ですが、本校に通われ、勉強よりまず対人関係に力を注がれてはどうでしょう。勉強は週に一度、通級制度を使い補助できます」という校長先生の提案に主人も賛同し、通常クラスでの入学で申請しました。 息子が小学校に入る今年からは、初登山会に参加させていただこうと決めていました。初登山会から帰って、鼻づまりの原因の一部は、スギ花粉だと判りました。薬も変わり多少楽になったようで、「今年のご登山は、何か違う」と実感しました。 幸先のよいスタートと思った矢先に、幼稚園の担任の先生から息子の現実を理解して欲しいとの話があり、幼稚園に見学に行くと、できないことが多く何度も何度も諦めずにチャレンジする息子の姿に涙が止まりませんでした。「慶志くんはとても前向きでがんばり屋さんですから、予想以上に伸びています。器楽演奏も、慶志くんの場合リズムが合っていればよしとしています。ただ『嫌だ』ということをはっきり言わないので、いじめにつながる可能性も高い。困ったときやできないときも、指導者が気づかずに進んでしまうことが一番怖いんです。小学校は幼稚園のように待ってはくれません。最悪、四十人を一人の先生が対応します」という話でした。 二月には、小学校の支援学級の先生も見学に来て、話し合いの場が設けられました。「お子さんの絵は頭足人と言って、頭から直接手足が描画されています。これは四歳児の絵です。二学年分の差がある場合、支援学級のほうが伸び伸び勉強できます。お母さんは、何を根拠に通常クラスでできると思いますか。無理に通常クラスに入れ、これ以上『できない』という苦しみを与えていいんでしょうか」という話でした。私の「広汎性発達障害かも知れないという話であって、確定の診断は付いていません。一パーセントでも可能性があれば、通常クラスで伸びてくれると信じています」という返事に、先生方は諦めた様子でした。 入学前、センターの運動検査で小脳に障害がある可能性があるとの結果でした。「小脳は残念ながら治療方法がない」という話に「落ち込んでいる場合じゃない。ここまでいろいろなことが出るのは、大切な年だからだ。御本尊様に守って戴けるようしっかり御奉公しよう。そうすれば大丈夫」という妙な自信が涌いてきました。 そんなとき、予定していなかった三月の記念支部総登山に参加させていただく話や、主人の両親が登山を決意し、主人の代わりに一緒に添書登山することになったりと、入学前の大事なときに三回も御開扉を受けさせていただけることになりました。特に主人の両親を、桜が満開であろう時期に案内できるのは、亡き父が「今行かないで、どうする」と背中を押してくれたように有り難く思いました。 支部総登山で、バスから降りた途端、息子は鼻水が止まりません。「総本山は杉が一杯だから、花粉症じゃない人でもなるのよ」という話に慌ててマスクをしましたが、もう止まりません。 翌日、内科では花粉症との診断でしたが、耳鼻科では副鼻腔炎の可能性があると言われ、その対応薬を飲んだ途端、鼻から黄色い痰のような鼻汁がどんどん出てきました。その週の金曜日は、主人の両親と添書登山です。御開扉直前まで黄色い鼻汁が出ていましたが、御開扉の間は不思議と鼻をかまず、帰りはかなり回数も少なくなりました。月曜日には鼻づまりもなく、レントゲンの結果、完治しているとの話です。 ![]() ご登山の功徳をさらに実感したのは、帰って三日後の入学式でした。仮入学の時に「八十三名以上でないと三クラスになりません。現状は二クラスの可能性が非常に高い」という校長先生の話でしたが、総人数七十六名ながら三クラスで、息子のクラスは一番少ない二十五名です。ご登山の功徳は、まだまだ続きます。クラス内の座席も一番前の教壇横。教室移動は、いつも先生と手をつないでの移動です。そして、なんと昨年幼稚園に小学校からの交換研修で年長組を担当していた先生が、転勤で今回、担任となりました。 信心していない人に話をすると「たまたま薬が合ったのよ」「配慮してもらえてよかったね」などと言いますが、一年半苦しんだ鼻づまりが治り、三クラスとなり、教室でも移動でも先生の側。多くの先生がいらっしゃる中で、昨年お世話になった幼稚園の先生が担任。こんなに偶然は重なりません。御本尊様のお陰、御開扉の功徳としか思えません。有り難くて涙が止まりませんでした。 この話を座談会ですると、副鼻腔炎の苦しさや治療がとても痛くて辛いと聞き、薬のみで完治したことに感謝しました。また、息子が大きな功徳を戴いたので、ぜひご登山して欲しいと話すと、三浦さんに「息子さんもそうだけど、今まで悩んできたお母さんの悩みをすべて解消していただいたことが有り難いよね」と言われ、私もこんな大きな功徳を戴いたんだと気づきました。そのとき、順正寺支部の平田講頭さんが以前、「今年は功徳を功徳と思わせない、有り難いと思わせない魔がある。これは功徳を実感しないことになるのだから、この魔が一番怖い」と話されていたことを思い出し、自分も大功徳を戴いていることに気づきました。 先生の家庭訪問の際、「こんなにスムーズにスタートできるとは思っていませんでした。他の子の世話をする余裕もあります。先のことは判りませんが、今は安心していただいて大丈夫」という嬉しいお話でした。 入学当時は、平仮名がまったく読めず、朝夕の勤行は音で覚えていました。幼稚園の年長から少しずつ覚え、朝の勤行を四十五分かけて行い学校に出発です。母は「あんただって小学校後半ぐらいからしかできなかったんだから、ギャーギャー言わないでも」と言いますが、私がそうだったからこそと、親子で泣くこともありますが続けています。 五月の支部総登山後には、はっきり読める文字が何個か出てきて、先生が「今日は、はっきり理解している文字が何文字もありました」と、不思議そうでした。視力も両目で一・〇になりました。 七月の大結集総会にも、支部で現地保育ができることになり、参加が叶いました。八月には青年部の添書登山に親子で参加し、二回御開扉を受けさせていただけました。すると九月の検診で右目一・五、左目一・二でした。学校でも、希望してもなかなか叶わなかった校内通級が、「日常生活は問題なくできている。教室移動も一人で大丈夫そうですから、この二学期末からできそうです」と降って涌いたような話に、ただ驚くばかりです。御住職が、御法主日如上人猊下の、 「『此の砌に望まん輩は無始の罪障忽ちに消滅し、三業の悪転じて三徳を成せん』(御書一五六九n)と仰せの如く、登山参詣の功徳は計り知れないものがあり、特に本年における登山にはそれぞれ重要な意義があり、また功徳も格別であります」 (大白法 七四五号) の御指南を引かれて「本年のご登山の功徳は格別なんです」とよく御指導されますが、まさにその通りです。ご登山するたびに悩みを解決して戴き、身をもって功徳を体験しました。 同学年のお子さんに比べると、解決したハードルはわずかですが、日々寺院参詣・勤行唱題・折伏・育成活動を根本に、これからも家族三人力を合わせ、御奉公させていただきます。 |