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宝相寺支部 山本 信さん | 宝相寺支部 山本和代さん |
今から九年前の十二月に、長女が個人病院に診察を受けに行ったときに、同行した私も思い当たる体の異常があったので診察をしてもらいました。先生は何も述べずに、明日もう一度精密検査をするので来てくださいと言われました。地元の総合病院への紹介状をいただき、十二月二十五日に再度診察を受けました。結果は直腸ガンです。誰もいない病院の待合の廊下の椅子に座り、家族で涙を流しました。 年明けの一月六日に手術と決まりました。その日は、私の四十二歳の誕生日でもあります。よりによってこんな日にと思いました。 正月の三が日を終え四日に入院し、六日に手術です。手術は無事に終わり術後の経過も良好、一カ月間の入院で済みました。この間御住職・猪又法礼御尊師は幾度となく病室へ見舞いに来て励ましのお言葉をくださいました。 退院してからも定期健診だけは欠かさずに行き、主治医も何もなく五年経てば大丈夫でしょうと言ってくれていました。 その五年が過ぎ、もうこれで大丈夫と思っていたのに六年目の七月、PET検査でガンの再発と肺への転移ガンが見つかりました。今から三年前です。 余命宣告、必ず克服する決意 転移の肺ガンはやっかいなことに肺の表面ではなく奥の付け根部分の硬い場所にできているとのことで、翌八月から一カ月間毎日のように放射線治療、九月からは抗ガン剤治療となったのです。 この抗ガン剤治療は四十八時間の点滴で行います。月二回・隔週の金、土、日と入院し、もう五十一回抗ガン剤を受けています。吐き気、手足のしびれ、全身のだるさ、味覚障害、食欲不振等、様々の副作用があります。 金、土と仕事を休むため、仕事は溜まります。退院後の月曜日は一番倦怠感がひどく、吐き気も続いて全く食べられません。でも今日まで自営の仕事は一日も休まず、乗り切ってきました。また、他の人と比べると不思議と副作用も比較的軽く済んでいます。これも、御本尊様のお陰と感謝をしている次第です。 そんな日々の中、「もっと大きな病院で診てもらったら」という姉の勧めで、一昨年の五月三十一日に大阪、森ノ宮の成人病センターで診察を受けました。結果は、末期ガンのステージ四、何も治療をしなかったら余命八カ月、抗ガン剤治療をしても、あと二十カ月と宣告されました。 このとき頭をよぎったのは、「延命治療の抗ガン剤を受けても二十カ月しか生きられないのか。抗ガン剤で苦しみながら二十カ月生きるか、抗ガン剤を受けず苦しまないで八カ月の命を全うするか、どちらかなんだな」と、あまりのショックで頭の中が真っ白になり、どうやって病院の四階駐車場まで辿り着いたか、はっきり覚えていません。 「家で死ぬか病院で死ぬか」死の宣告からさらに寿命を戴く ただ、後ろから歩いてくる家内の「気をしっかり持たなんだら」という言葉だけが聞こえてきました。でもはっきりと宣告をしてくれたお陰で心も定まりました。「抗ガン剤を受け、定められた二十カ月の間に結果を出すのだ。御本尊様にすべてを預けよう。とにかく乗り切ろう。信心を試されているのだ。今までにない強い信心で、必ず実証を示すぞ」と深く御本尊様に誓いました。毎日の勤行・唱題も常に今日が最後という気持ちで真剣に祈り、仕事も同じ気持ちでがんばり、毎晩の唱題を終えた後は今日一日元気で過ごせたことに心の底から感謝の御礼をさせていただいています。 そんな中、御住職様のお計らいで六月二十九日に御秘符を戴き、我が家の御本尊様にお供えをし、丑寅勤行を七月三日まで行ってから頂戴いたしました。「絶対にガンに勝つ」と強く心を定めた次第です。 さて、昨年の二月、どこで私の病状を聞きつけたか、創価学会のゾーンの幹部たちが仕事中に、また、婦人部員が夜にと、やって来るようになりました。特にゾーンの幹部が来たときは、納期の迫った仕事で忙しい最中で、二週間後に話を聞くからと言って帰ってもらいました。 そして二週間後、こちらから時間を設定し学会の人に電話を入れました。相手もこの日を待ち望んでいたのか、すぐさま今晩行きますと強い返事がきました。私も絶対に学会の間違っているところを強く破折するぞと思って、その夜七時の待ち合わせ時間を待ちましたが、とうとう幹部たちは来ませんでした。「行けない」という電話もなかったのです。毎日残業という最中に貴重な時間を作ったのにすっぽかされ、怒り心頭です。ゾーンの幹部宅へ電話を入れるとちょうど本人が出たので、徹底的に破折し、信心の姿勢がなっていないと強く糾しました。どのようにしても、こちらの正法を信じ燃える強い今の生命力には、勝てるわけはありません。 さて、昨年の三月頃から、病状に変化が現れました。一昨年の六月には「頭の明白なうちに、病院で死ぬか家で死ぬか、決めておいたほうがよい。転移の肺ガンも手術はできません」と言っていた主治医が、昨年の三月中旬に抗ガン剤を入れている病室へ来て、「手術をしてみよう」と言ってくれました。早速四月八日に手術を行い、肺ガンの病巣摘出に成功しました。退院後も続く抗ガン剤に負けず今日まで乗り切ってきました。 つい先日も主治医が、「こんなに体力のある強い人、今までに見たことがない。抗ガン剤が打てるかどうかの隔週の血液検査でも、白血球や血小板の数値が二週間で正帯に戻っている」と感心していました。ポートという取り付け口を入れずに腕だけの点滴でこんなに続くのはまれと言っていました。私には御本尊様がついているから、通常の人とは違う体なんだと、心の中で叫んでいました。 一昨年六月に家族で添書登山をし、昨年も八月に家族で登山させていただきました。健康であればこそ総本山へ参詣できます。本年も『立正安国論』正義顕揚七百五十年の記念総登山へお詣りして元気であることを大御本尊様にご報告申し上げたい、毎年続けるんだと、強く心に思っています。 ![]() 元気な体で使命に臨む さて、一昨年、抗ガン剤治療をしても余命.二十カ月と宣告されたその最終日が、正しく、本年一月です。本来ならは今月、私は死ぬ予定になっています。いや、もう死んでいても不思議ではありません。なぜならば、私と同じように抗ガン剤治寮を始め、病院で出会うたびに励ましあった何人もの人が亡くなっていくのを目の当たりにしているからです。 今の私を見て、皆さん、私が死ぬように思えますか。このように元気です。 私には、家族を守る使命があります。折伏をしなくてはいけない使命があります。宝相寺興隆のためにがんばる使命があります。死ぬことはできません。 昨年の十二月にも学会の婦人部員たちが、私の様子を見に二度訪問してきました。私の弱っている姿を期待していたのでしょうけど、この、ように元気です。くだらない、信心からかけ離れた筋の通らない埋諭しか話せず、全く相手にするだけ時間の無駄でした。「創価学会が主で、本山は従だ」と言うのです。本末転倒も甚だしい、開いた口が塞がりません。学会にはもう信心がありません。早くそのことに気づいて、学会員には本当の信心に目覚めていただきたいものです。 最後になりましたが、最新の私のガン報告です。 昨年の暮れに和歌山市内の向陽病院でPET検査を受けました。その結果を本年一月七日に社会保険紀南病院で聞いたのです。PET検査の画像を見なから説明を受けました。自宅では家内がずっと御題目を唱え、私も心の中でずっと御題目を唱えていました 結果は、PET検査ではガンが見つかればその部分が光って映りますが、全く光らず「ガン」と呼べるものがないと言ってくれました。思わず、心の中で「ガンに勝った、御本尊様ありがとうございます」と感謝をしていました。 苦しさに耐えた二年四カ月、合計五十一回の抗ガン剤の点滴ともさようならです。何と不思議にも五十一回の抗ガン剤は本年一月六日、私の五十一歳の誕生日で、年の数と一緒です。死の宣告をされていたこの一月に、私は生き返ったのです。御本尊様の御力は本当にすごい、余命を宣告された末期ガンでも克服できるのだと大確信をした次第です。 『崇峻天皇御書』に日く、 「人身は受けがたし、爪の上の土。人身は持ちがたし、草の上の露。百二十まで持ちて名をくたして死せんよりは、生きて一日なりとも名をあげん事こそ大切なれ。中務三郎左衛門尉は主の御ためにも、仏法の御ためにも、世間の心ねもよかりけりよかりけりと、鎌倉の人々の口にうたはれ給へ。穴腎穴賢。蔵の財よりも身の財すぐれたり。身の財より心の財第一なり。此の御文を御覧あらんよりは心の財をつませ給ふべし」(御書一一七三) 私の一番大好きな御書です。十七歳のときにこの御文に出会い、信心に目覚めました。闘病体験を通して、この御文を心をもって読むことができています。 これからますます、再度与えられた命をもって御本尊様にお仕えして、また微々たる力ではございますが日蓮正宗興隆のため、さらなる折はに命をかけてがんばってまいりますので、法華講の皆さん共々にがんばりましょう。 |
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今から九年前、主人が直腸ガンと宣告されたのが縁で私は、まじめに信心に向き合い、白身の宿業の深さとの闘いを始めたのです。 平成十二年の一月六日に無事、主人の手術は成功しました。 それから数年の間に、十年来の友人の杉原さんとその娘・田ノ岡さんを折伏させていただき、入信してくれました。 さて、主人のガンは六年目にして再発、さらに肺への転移が、PET検査で見つかったのです。私は、一生懸命に信心をしていたのになぜこのような結果になってしまったのかと、悩み苦しみました。御住職・猪又法礼御尊師、奥様には常々、励ましていただきました。 今は信心を試されているのだと強く感じてから、本当に私の命が変わり、絶対に主人のガンを治してみせると決心し、日に日に、今まで味わったことのない歓喜が涌き上がってきました。そして、一昨年の八月には主人の兄と甥が勧誠式をお受けできました。 一時間、二時間、三時間と、とにかく時間があれば御本尊様の前に座り、御題目を唱えています。そのようにして家族一丸となってがんばっているとき、転移している肺ガンは手術ができないと言われていたのが、去年の三月に、再発の直腸ガンは活動しているが安定しているので、転移の肺ガンを手術してみましょうと言っていただき四月に手術を行いました。手術日の手術時間に、宝相寺支部の皆さんに御題目を唱えていただき、無事に病巣を全部摘出できました。 去年八月に主人の無事手術の御礼と、一年間留学していた高校二年の次女の無事帰国の御礼の登山を家族全員でさせていただきました。その際、今度は母を連れて来てあげたいと願って帰ってきました。 それから数日後、何と母のほうから信心をしたいと言ってきたのです七十年も地元の寺で熱心に信心していた母が日蓮正宗に入信するなんて、夢にも思っていませんでした。九月に母と姉が御授戒をお受けできましたl そして、十月の支部総登山に、私と次女と共に参加した母は、八十九歳の高齢にもかかわらず、丑寅勤行、広布唱題会、御開扉と、すべての行事に元気に参加できました。 十月十二日、母は御本尊様を御下付戴き、御住職様、講中の皆さんと一緒に、母の家へ御本尊様を御安置することができました。母は喜びに満ちた日々を過ごしており、姉も前より体の調子がよくなり喜んでいます。さらに驚いたことは、九十三歳になる母の姉が、同じ信心をしたいと言ってくれました。 昨年、今日の体験発表が決まったとき、絶対に一世帯の折伏をして本日を迎えたいと強く思い、御題目も年頭より二百万遍唱えると決意し毎日、二、三時間唱えています。 その結果、先週の御報恩御講の日、大阪に住む主人の甥を折伏できました。この日は、主人の兄、奈良に住む主人の両親も宝相寺へ駆けつけてくれました。現在私は、毎日の朝夕の勤行のとき、私に使命をくださいと願い、十人以上の下種先を御祈念しています。 私がいつも励みにしている御書の一節がございます。 「大事には小瑞なし、大悪をこれば大善きたる」(御書 七九六) です。主人のガンは大悪ですが、何も嘆くことはありません。 ここで、私の不思議な体験があります。御題目を真剣に唱えているとき、御本尊様の「泣かないで泣かないで。笑って笑って」という御声がはっきり聞こえてきたのです。泣いてなんかいられない、よい結果を必ず出すんだから、御本尊様が必ず証明してくださるんだから悲観せず明るくがんばっていこうと、さらなる勇気が涌いてきたことがありました。 今回、主人のガン闘病に家族で真剣に取り組んでいく中でたくさんの功徳を戴きました。娘の大学入試もストレートに志望大学に決まり、自営の仕事も順調で、忙しくて依頼を断っているくらいです。本当に毎日が充実しています。 今年もますます、下種、折伏をして広宣流布をめざして功徳の実証を示していきたいと思っています。 |