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法光寺支部 吉野真矢 |
二月二十四日、北九州メディアドームにおける九州決起大会の感激冷めやらぬ今日、体験発表をさせていただけることを感謝申し上げます。 私は、以前勤めていた会社の同僚である橋野さんより折伏を受け、御本尊様のすばらしさを教えていただきました。両親共に浄土真宗の我が家は、「破壊的で自暴自棄な心の故、性格が非常に惰弱で、ひねくれたものとなり、他人の粗(あら)を探しては批判するような生き方になってしまう。ことに浄土真宗においては、『念仏を唱えて死ねば極楽に行けるのだから、いつ死んでも不安はない』などと立てているから、破壊的な発想や行動に走りがちになる」という念仏の害毒そのものの人生を歩んでいるとしか見えませんでした。かねてより家のことで悩みを持っておりましたので、少しでも変われるものならと平成十一年六月、体があまり丈夫ではない母と共に、二人で入信させていただきました。 信心の姿勢変わる 入信した当初は、お寺へ参詣させていただくたびに母の体の調子がよくなるので、御住職・桑原慧道御尊師の御導師のもと行われる唱題行に毎日のように参加させていただいておりました。それが、日が経つにつれ足が遠のき、ほとんどと言っていいほど行かなくなってしまいました。 「聴聞する時はもへたつばかりをもへども、とをざかりぬればすつる心あり」(御書一二〇六n) とは私のことです。そういう状態が続いた平成十八年八月、生命保険の見直しをきっかけに病院で検査を受けたところ、「もう一度大きな病院でちゃんと調べたほうがいい、おそらく重度の糖尿病ですよ」と言われました。その後、佐世保中央病院で調べてもらった結果、糖尿病は1型で、甲状腺機能亢進症も合併しているという診断で、この二つの病気が合併したときは致死率が高いのだと聞かされました。確かに、体重が今まで五十キロほどあったのが三十二キロにまで痩せ、筋肉も落ち、重い物が持てないような状態でした。 すぐにお寺へ行き御住職様へご報告申し上げたところ、「御本尊様へこれまでの不養生をお詫びして、広布のお役に立てる元気な体にしてくださいと御祈念するように」と御指導をいただき、その日より欠かさず、勤行はもちろん御題目を唱え御祈念しております。 九月十一日に入院し、すぐにインスリン注射と内服薬の治療が始まりました。するとその日の内に、手足はもちろん、体にも強烈な痺(しび)れが出始め、物を触っても何を触っているのか判らない状態だったのです。先生の話では、糖尿病による三大合併症である神経障害、網膜症、腎症のすべてが出ているということで、治療後神経障害により、インスリン治療で血糖値が下がり今まで感じ切れなかった神経が感じられるようになり、痺れが現れたということでした。甲状腺のほうは、いくつか治療の選択肢はあるが、私の状態、糖尿病との関連を考えて、外科による治療が一番よいのではないかという話でした。どちらにしても、血糖値の安定を見ないと甲状腺の治療も難しいとのことで、まずは糖尿病の治療に集中することとなりました。 それから二週間ほどの入院を終え、通院治療が始まりました。治療するごとに血糖値は安定していくものの、それにより新たな症状が次から次へと現れ、ひどいときには洋服の縫い目が肌に触るだけで痛く、家の中では下着姿でいる状態がしばらく続きました。念仏無間地獄の現証そのものでした。 その後、御住職様のご配慮により御秘符を戴くことができました。甲状腺の外科治療の準備が調い、平成十九年八月に手術を受けることも決まり、仕事を辞めることにしました。そのことをお寺へ行き支部の総務部長さんに話したところ、忘れもしません、七月三日、「そうでしょう。あなたは本末転倒だもん」との言葉に、私は目からうろこが落ちるとはこのことだと思い知らされたのです。 私の信心に対する姿勢が変わったのは、この日からでした。入信させていただいて八年、御住職様に御指導をいただく術(すべ)も知らず、その結果、自分勝手な都合のよい信心をし、法を学ぼうとする謙虚さもなく、世法に流され挙句の果てには痛い目に遭っていてもそれに気づかず、その原因をも他人のせいにして、すべてにおいて不知恩の生活を送ってきたのだと思い知らされました。 御指導のままに実行 それからというもの、御住職様の御指導は必ず受け切っていこうと、以前からの御指導だった週に一度の班折伏座談会の開催をしました。しかし、体調不良のため日時を変更させていただいたり、時には一人で座談会という日もありました。そのたびに、目前に平成二十一年の大佳節を迎えようとしているのに、このようなことをやっていていいのだろうか、皆の足を引っぱることにならないだろうかと、不甲斐なさに気持ちが焦りました。しかし、座談会のご報告を申し上げると、御住職様より温かい御指導、また激励をもいただき、泣き事を言っている暇はない、真剣な唱題で御本尊様に助けていただこうと、命の底から力が涌いてきました。そのときの感動を、今でもはっきりと覚えています。御住職様の御指導通り行った結果、二月の地区合同座談会に来られた中学生の頃の運動クラブの後輩である竹下さんを、お寺へお連れできました。そのまま班折伏座談会となり、応援を頼んだ総務部長さんの体験を交えた話に本人は入信を決意し、「今度は主人と子供四人を連れて来ます」と約束をされ、その後、家族六人全員参加の折伏座談会となり、御住職様直々にお話をしていただくことができました。それまで、あることがきっかけでこの信心に少し不信を抱いておられたご主人も、御住職様の力強い折伏により入信を決意され、三月二日、家墜六人全員、めでたく御授戒を受け御本尊様を御下付戴くことができました。 御本尊様は私の願いを叶えてくださいました。班折伏座談会を一人で行っていたのが、今では、竹下さんの家族と互いに激励し合い、唱題行に参加できています。日々、御住職様が、「一回も欠かさず、どんなに小さな班であっても真面目に、そして真剣に取り組むことで御本尊様が必ず御力を与えてくださいます。そのことを決して忘れることなく、固く信じるのです」との御指導のごとくまだまだ小さな班ですが、これからも一日一日を無駄にすることなく、一人でも多くの人に大聖人様の仏法を力のある限り伝えてまいりますことを、御本尊様にお誓いしてがんばっています。 そして二週間後の三月十七日、今度は、同じクラブの先輩で今は仕事の上司でもある有泉さんから突然に、「真矢、私去年の十月頃、創価学会の会館に連れて行かれて、何か巻き物を渡されたけど、開けてもみとらんけん判らんとけど」と、言われたのです。それは『ニセ本尊』に違いないと思い、「すぐにお寺へ行き御住職様のお話を聞きましょう。そうでなければ、あなた自身の問題も、解決するどころか悪い結果になってしまう」と、強くお寺に行くことを勧めていたのです。急な話ではありましたが、御住職様が時間をとってくださり、『ニセ本尊』の誤りと創価学会の大謗法、このまま『ニセ本尊』を放置しておくことの恐ろしさをお話してくださいました。その後、総務部長さんの応援もあり、三月十九日、無事、御授戒を受けることができました。 ![]() 折伏成就の功徳 今では、先に折伏させていただいた竹下さん一家は、御報恩御講に家族揃って参詣され、子供たちを連れてほとんど毎日、御住職様と共に勤行をされています。また有泉さんは内得信仰ではありますが、十一時の唱題行などに時間を合わせ、「今日は行こう」と私のほうが誘われて、一緒にお寺に参詣しております。竹下さんと有泉さんが、家族のため子供のためにと信心にがんばっている姿を見る時、本当に身の引き締まる思いです。 ついこの間までは申し訳ないことに、苦しいばかりの信心だと思い込み、御本尊様を軽んじ我見の信心をしていましたが、御本尊様の大慈悲を教えてくださった御住職様に心より感謝しています。そして未熟な私に、折伏行という仏様のお使いをさせていただく中、歓喜、そして達成感をも体験させてくださいました。 これから先、どんな罪障を持っているかは判りませんが、功徳として甲状腺の手術での合併症も何一つ出ず、糖尿病に関してはインスリン剤の量も減り、三大合併症だった腎症は正常化と診断され、神経障害もほとんど残っていません。時々、ホルモンバランスの影響で体調不良を感じることもありますが、それも体のバランスが正常に動き出した結果の現れと先生に言われました。以前、御住職様の御指導である、体に対する不養生のお詫びと、広布のお役に立てる元気な体にしてくださいとの御祈念により、有り難くも大佳節を明年に控えたこの大事な年に、御本尊様より戴いた今の元気な体です。微力ではありますが、大聖人様の『立正安国論』に、 「速やかに対治を廻らして早く泰平を致し、先づ生前を安んじ更に没後を扶けん。唯我が信ずるのみに非ず、又他の誤りをも誡めんのみ」(同 二五〇n) との御金言のごとく、また、御法主日如上人猊下の、「折伏なくして地涌倍増と大結集はない(趣意)」との御指南を身に体し、明年、『立正安国論』正義顕揚七百五十年の「大結集」および「地涌倍増」の御命題達成に向かって、仏様との誓いである班折伏誓願目標を必ずや達成させていただくためにも、御住職様の御指導のまま唱題根本に精進させていただくことをお誓い申し上げ、私の体験発表とさせていただきます。 |