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妙種寺支部 木尾 毅 |
私は、壮年部の木尾毅と申します。始めに、私が今日、体験発表させていただけるのも、値い難き大御本尊様の信心につかせて下さった藤原さんのお陰だとありがたく思っております。 信心する前、私は娘夫婦の不仲、娘と姑の問題で悩んでおりました。その頃、藤原さんと知り合い、そのうち、お 互いに家族の話をするようになり、私の悩みを話すようになりました。私の話を聞いた藤原さんは、「私も、かつては色々と悩み苦しんだこともあるけど、日蓮正宗の信心により、解決して現在があるんだよ」と言われました。 そして、信心の話をされ、信心とは前世の因果の宿業を今世で消滅し、成仏するためのもので、信心しても色々な難や、病気にはなるけど、転重軽受の法門というのがあって、重い業も軽く受けさせてくれ、必ず良い結果に導いてくれるとのことでした。そして「一度、御住職様に会って信心の話を聞いたら、もっと良くわかる」と言われ、お話を聞くことにしました。 御住職様のお話は、大変素晴らしいと思いましたが、当時の私には理解し難いことの方が多くありました。ですから、その時はまだ信心する気にはなれませんでした。その後、藤原さんと会って、信心の話になると、話題を変えて逃げていました。しかし、私の悩みは一向に解決しないまま、一年が過ぎ、「このままではいけない」と思い、もう一度、御住職様に会って話をお聞きしたいと考え、お寺にお参りしました。前に、お会いした時よりも、私なりに信心の話も理解でき、素晴らしさも心に感じるようになりました。それでも、まだこの時点で信心をきちんとしていこうという気になれませんでした。 今にして思えば、私もよほど業が深かったのだと思います。信心の話を聞いて二年が過ぎ、いまだに決心がつかず、町内会の組長になりました。神社、仏閣のことは組長としては、避けることのできない一年なので、そのことを藤原さんにお話しをすると、「一年間は一切、信心の話はしない。その代わり、組長を降りたら、必ず信心をするように」と言われ、私もそのつもりでおりましたが、組長が終わってもなお、まだ迷っていました。 そんな時、妻が、「一度お寺に行って御住職様のお話を聞かせて」と言ったので、一緒にお寺に参り、御住職様のお話を聞かせていただきました。その結果、妻の一言、「お父さん。この信心をしていこう」その言葉は、確信に満ちた言葉で、私もその一言で決心がつきました。そこには、藤原さんも同席して下さっておりましたので、即、「意義ある四月二十八日に御授戒を受けることにしよう」と、力強い言葉に、私は、四月二十八日の意義など知りもしないで承知しました。無事、今年の四月二十八日、夫婦一緒に御授戒を受け、御本尊様を受けることができました。その時は、心がジーンとして涙が出たようにも思えました。 そして、御住職様からは、「人の宿業とは、それぞれに皆、違っており、信心をしていても、病気になる人もいれば、色々な難にあう人もいます。そして、そうなった時、疑いの心を起こし、やめてしまう人もいます。けれど、本当は我が身に起きたその時こそ、自分の宿業を消滅し、成仏につなげていくことだという信念を持って、信心していってもらいたい」と御指導していただきました。 それから、藤原さんにお経の読み方などを教わり、朝晩の勤行、題目など、不慣れなりにも、時間をかけて行ない、唱題会、勉強会、大掃除などにも積極的に参加させていただきました。結果はすぐに出ました。それまで、あれほど悩んでいた娘の件、姑間の問題等が嘘のように良い方向へと行き、私の心の悩みは、またたく間に解消されました。御本尊様の功徳の偉大さを身をもって感じた最初の出来事です。 それから、七月に入って、体の具合が悪くなり病院へ行き、検査をしてもらいました。結果、すぐに大きな病院へ行った方が良いと言われ、岡大へ行きました。病名は癌でした。それも、腰・胸の二カ所にあり、腰は骨の中なので手術することができず、このまま進んでいくと、寝たきりになると言われ、愕然としました。それでも、藤原さんの言葉を思い出し、また、御住職様より病気に対しての信心のあり方を教えていただきました。妻に経本と御数珠を持ってきてもらい、病室で夜、一人こっそりと、お題目を唱えました。藤原さんは常に、妙法の四力の話をしてくれました。「信力・行力・仏力・法力」心から信じて仏道修行していく力により、仏の力、法の力を引き出すことができ、その浅探により、功徳を得る力も変わると。 とにかく今は信じて、題目を唱えるしかないと思い、必死になって行ないました。実践していくうちに、医者もびっくりするほど良くなり、周りの患者さんからも不思議がられる存在となりました。不思議に思い、話しに来る人に、「私は、日蓮正宗という信心をしているんだ」ということをはっきりと話してあげますが、病院内のことゆえに話も制限されます。 そして、信じられないことに、寝たきりになると診断された私に、土日は外泊してもよいとの許可が出ました。嬉しくて、ありがたくて、御本尊様に感謝しました。ですから、家に帰ったら一番にお寺にお参りし、御住職にお会いして、色々な、お話しをしました。外泊の度にお寺にお参りすることができ、一番大切な、御会式のお花作りにも参加させていただき、これほど嬉しいと思ったことはありませんでした。私の入院中にも、何人かの方が他界されるのに、私は日に日に元気になり、退院目前となりました。御本尊様の大利益をこの身で感じた二番目の出来事です。 しかし、この信心の素晴らしさを感じれば感じるほど、私が願うことは、娘と姉に、出来ることなら一緒にこの信心をさせること…、それが何よりの望みでありました。考えてみますと、藤原さんが私の入信日を四月二十八日と即座に決めてくれた一言がなければ、もしかしたら、現在の私の信心はなかったかもしれないと思います。その言葉の深い意味を心の中で基として、御住職様にもお願いし、私共、夫婦で心を合わせて、娘と姉を一日も早く折伏できるよう御祈念してまいりました。その結果、十一月十七日に娘と姉が御授戒を受けることができました。私が、この身で感じた三番目の功徳です。さらに、私の病気も、何の不安もなく、あれよあれよという間に治っていき、無事、十二月十三日に退院することができました。 入信して間もない私が、このように大きな功徳をいただくことができ、この日は本当に今までにない嬉しさとありがたさを痛切に感じ、改めて御本尊様に感謝申し上げました。その御報恩にむくいるためにも、退院後もなるべく時間を作って、お寺の行事には参加するように心がけ、孫もお寺へと連れていきました。毎日の唱題も、なまけ心と闘いながら一生懸命に頑張りました。御本尊様のお力を信じればこそ、何のためらいもなく持続することができました。 そして今年、三月二十一日、孫二人に御授戒を受けさせることができ、再び御本尊様に心からの感謝をしました。 そして、夫婦そろって、今度は娘の御本尊送りが一日も早くできるようにと願い唱題にはげんでいます。 来たるべき平成二十一年の立正安国論正義顕揚七百五十年の地酒倍増と大結集に向けて、さらに折伏すべく頑張ってまいろうと思います。ありがとうございます。 |