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慈法寺支部 籾山勝江 |
皆さん、こんにちは。このような席で体験発表をさせていただけますことを、心より感謝申し上げます。 我が家は平成三年の七月に創価学会を脱会し、その後一年ぐらいはお寺へ行っていましたが、やがて足が遠のいてしまいました。そうして十年が過ぎようとした平成十三年、母の葬儀をきっかけに、御住職・田島寛応御尊師、執事の田島信嘉御尊師の御指導により、信心させていただくようになりました。 そして、折伏もできるようになってきて、昨年の正月は心新たに夫婦でお寺の初詣りで、第一に二人以上の折伏、第二に慈法寺創立三十周年記念法要の成功、そして第三に、八月に産まれてくる初孫の安産を願ってきました。 毎日一時間以上の唱題を行い、夫婦そろって勤行・唱題ができるようになり、そのお陰で二月には娘の夫を折伏できました。 春季総登山会で体験発表に感動 私たちは一段と唱題に励み、三月二十八日の春季総登山会に参加させていただきました。その折、法華講連合会第四十一回総会において、ガンを克服した体験に感動して、夫も私も、唱題して折伏をやり抜こうとの決意を胸に帰ってきました。 そして翌日、いつものように会社に行った夫が五百トンもある機械に右腕をはさまれたとの連絡を受けました。会社の人たちやレスキュー隊の人たちも、もうダメかと思ったそうですが、一時間五十分かかって救出された夫は、手の甲が切れて骨を二本骨折しただけでした。守っていただけたことに、本当に感謝の気持ちでいっぱいになりました。 夫は、怪我が治るまで会社に行けないので、片手にギプスを付けたまま、私と共に朝詣りをしました。お寺の掃除日には、自分のできる仕事を見つけては、ギプスをした腕の小脇にゴミ袋をはさんでゴミ拾い、空き缶拾いを行い、四月二十五日の慈法寺創立三十周年記念法要を目前に、がんばっていました。そんな夫の姿に胸が熱くなりました。 姉がガン、余命四カ月 そして四月の半ば、姉が通っていた病院から連絡がありました。 姉は四年前に乳ガンの手術を受け、その後は風邪一つひかず元気で仕事に行っていましたが、この日受けた定期検査の結果、肺全体にガンが転移していることが判りました。離婚して子供もいない姉は、独りで暮らしていたため、実家である我が家に連絡があったのです。 病院で先生から、このままでは余命四ヶ月、年を越すのは無理と聞かされ、突然のことで何が何だか判りませんでした。言葉もなく家に帰り、御本尊様に向かって唱題していると、楽しみにしている初孫の誕生と、五十六歳のまだ若い姉の死が八月末に重なってくることが頭の中をかけめぐり、涙で唱題が声になりません。すぐにでも御住職様にご相談しようと思いましたが、夫から「三十周年法要を控えたお忙しい御住職様に心配をかけてはいけない」と言われ、法要が無事に終わってからご相談することにしました。 法要が大成功で終わった翌日の四月二十六日、御住職様にご相談しました。御住職様は「私たち信心している者ができることは、本門戒壇の大御本尊様に御目通りし、祈っていくことでしょう」等といろいろ御指導くださいました。 そして翌二十七日に総本山で行われる教師補任式のため登山を予定されていた御住職様と執事様と共に、私と姉も御登山させていただくことになりました。 当日は朝から大雨で、総本山に近づく頃には、強風と大雨のたいへんな天候になりました。御住職様と執事様が交代で運転してくださり、さらに姉が車を乗り降りするときには、風邪をひかせてはいけないと、御住職様も執事様も肩から足まで濡れながらお二人で傘をさしかけてくださいました。私は感謝と申し訳なさでいっぱいでした。 御住職様は、姉に「御本尊様はこの雨の中『よく来たね』と喜んでくださっていることでしょう。 この雨があなたの罪障を洗い流してくれていると思いますよ」と言って、奉安堂の近くまで車で連れて行ってくださいました。 御開扉をいただいて、下山の途についた車の中で、姉は病気のことを忘れたかのように笑顔で話をしていました。 登山後、それまではやっても無駄だからと抗ガン剤治療を拒(こば)んでいた姉が、がんばって治療に専念すると言ってくれました。そんな姉に夫は、春季総登山会で聞いたガンを克服した体験や自身の怪我の体験を話して、一緒に勤行・唱題していました。そして、御授戒を受けていただけの姉が決意して、晴れて御本尊様を御下付いただくこととなったのです。 こうして迎えた入院当日、入院前の検査のためにレントゲンを撮ったところ、肺全体に散らばっていた米粒くらいのガンはほとんど消え、二つあった二センチくらいの大きなガンも、一つは半分くらいに縮み、もう一つが半分消えかけていました。それを見た私たち夫婦、二番目の姉や妹もびっくりしてしまいました。 二番目の姉が「姉ちゃん呼んでくる」と言って慌てて本人を呼びに行き、先生から「希望が持てましたね」と言われると、半ばあきらめていた姉の顔に、言葉では言い表せない輝きが戻り、その頬には涙が光っていました。 それから二度、三度と入院しましたが、その都度、御住職様からは励ましのお手紙をいただき、治療を受けるたびにガンは小さくなっていきました。副作用のため髪の毛は抜けましたが、体重が減ることはなく、食欲もあり、顔色や肌のツヤもよく、元気にがんばっています。御本尊様の功力の偉大さに、ただただ感謝しました。 信心の話や姉の姿を見て、これまで信心に無関心だった二番目の姉が、五月二十六日に御授戒を受けることができました。 そして八月末、娘が無事に女の子を出産し、我が家で産後の面倒を見ることができました。娘夫婦は、子供の御授戒と同時に御本尊様を御下付いただけることになり、我が家から自宅へ帰る日、孫に買ってやった家具やベビー用品と一緒に仏壇を積んで、御本尊様を招いて帰る娘と孫の姿に感無量でした。 そして十月六日、執事様に娘の家に来ていただき、御本尊様を御入仏できました。本当に感謝の気持ちでいっばいでした。 この感謝の気持ちから、「信心でお返ししなくては」と夫婦で唱題していると、十月十二日、私の妹も御本尊様を御下付いただくことができました。 昨年十月の御会式のお花づくりには、姉・妹・娘・孫と一緒に参加させていただきました。十二月五日の支部総登山には、闘病中の姉も元気いっぱいで参加させていただき、年を越せないと言われていましたが、みんなで元気に笑って正月を迎えることができました。 怪我から二カ月で仕事に復帰した夫は、後遺症もなく元気でがんばっています。怪我をする二週間前にお付き合いのつもりで入った障害保険から保険金が下りる等、いろいろな面で守っていただきました。 本当に昨年はたいへんな年でした。だからこそ、御本尊様にしがみつき、すがる思いでがんばってきました。流した涙の数だけ御題目を唱え抜き、今は本当に幸せを感じています。現在でもお寺の早朝勤行に毎日欠かさず参加しています。 これからも姉妹仲良く、娘から孫へと信心を伝えて共に成長し、「平成二十一年・『立正安国論』正義顕揚七百五十年」に向け、御題目を唱えきって折伏してまいります。 (編集部注・お姉さんは順調に回復し、二月二十三日に医師より抗ガン剤治療の終了宣された。また、春季総登山会への参加も決まっている) |