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法乗寺支部 宮井 猛 |
今から五年ほど前まで、信心から遠ざかって久しく、その間思わしくない事柄が幾度となくありました。しかし、これが信心に起因しているとは全く感じないほどにまで成り下がっておりました。 ただ一つ、まさに人生の終末にさしかかっている自分を見つめ、ふと死を考えたときに、学会ではまともな葬式も出せないことに一抹の不安がありました。 法華講で新たな出発 そんなある日、外出から帰った私の目の前に、一人の立派な御僧侶の姿がありました。それまでも、何度か法華講の方が訪問くださっていたことは家内から聞いておりましたが、まさか御僧侶自らいらっしゃるとは思っておりませんでしたので、少々戸惑いやら恐縮がありました。ちょうどよいところへとばかりに宗門と創価学会の関係など、法乗寺御住職・西岡雄恩御尊師は真剣にお話しくださいました。 お聞きしてほぼ納得はいたしましたが、だからといって、ではすぐにとはまいりませんでした。長い間絶縁状態の学会でも、脱会となると、少しの不安がありました。このとき、家内はもうほとんど入講に傾いていたらしく、近々お寺で大きな集会があるので、一度来てくださいとのお誘いを受けておりました。 家内はそれに参加し、多いに感激して戻ってまいりました。家内いわく、「法華講の方々は、皆紳士淑女で礼儀正しく、信仰者として、その信仰している姿が正しさを物語っていると。それから間もなく、夫婦で入講させていただくことになりました。平成十年十月十九日、法乗寺の御会式の日のことでありました。 それはまた、取りも直さず私どもの新しい将来が決した日でもありました。その新しい人生の出発に、今までとは何かが違い、また変わった自分たち自身を感じておりました。 そして半年ほど後、奈良に住む私の兄を折伏しようということになり、学会員である兄とかなりの電話のやりとりがあって、結局家内と直接奈良に出向きました。話し合いの末、法華講への入講を決意させることができました。兄嫁が足腰が立たない病状でしたので、二、三日して御住職に兄の家まで出向いていただき、入講、入仏式と順調に進み、私は一つの使命を果たすことができました。 それから約一年後の平成十二年暮れに、今度は、家内が実家の母を折伏することになりました。齢九十一で足も少々弱っている家内の母を、兄弟衆の信心反対のなかでしたがお寺まで連れ出し、御住職様の懇切な御法話をいただき、めでたく入信させることができました。今は兄夫婦も母も、共に喜んで信心に励んでおります。 早いもので私も入講四年半になりました。御住職様をはじめ、講中の諸先輩の懇篤なる御指導で幸せな日々を送らせていただいておりますが、平穏無事とはまいりませんでした。私は十年ほど前から、脳梗塞と前立腺肥大という二つの病気を持って今日までずっと通院治療を続けております。それが入講して一年くらいの頃、一度血液検査を受けることになりました。結果によっては精密検査、しかも、「ひょっとしたら」とも言われました。そして検査の結果、やはり忌まわしいガンが発見されるにいたりました。 仏法をこころみるガンとの闘い 「悪性の前立腺ガンです」と宣告を受け、一時は頭の中が真っ白になるほどのショックを受け、呆然として何も手がつかない状態になりました。先生からの話は、「治療の方法は月に一回のホルモン注射だけしかなく、それでいきます。今は数値がかなり高いですが徐々に下がっていくはずです。しかし、もとの数値に戻る人も多くあります。そうなればもう手術ですね」ということでした。 その時です、私はハッと我に帰り、「そうだ、私には御本尊様がいらっしゃる。こんな時のためにこそ信心があるのではないか」と思い直し、「なんとか治りますようにお願いします。私も今、毎日信心をしております。この信心で治るようにがんばりますので、先生も宜しくお願いします」と申し上げました。なぜなら、医者が手の打ちようのない病気は、もう自分自身の強い生命力で治す以外には道はないのだと気づいたからです。 これまでに全国の多くの同志の方々が、御本尊様のすばらしさを体験され、その尊い体験を大白法紙上で発表して教えてくださっております。「よし、私も」と決意いたしました。 それからは昼も夜も、時間を作っては徹底して唱題に専念いたしました。御本尊様の前で泣き明かしたことも幾度かありました。そして迎えた検査の結果、想像以上に下がっている数値を見ることができました。もちろん注射の成果もありましょうが、絶対に御本尊様のお陰と固く信じております。 嬉しさがどっと沸き上がってまいりました。以後、毎月の検査の結果待ちが、楽しみの一つでもありました。検査のたびに数値は下がり続け、もう三年半になりますが、ずっと安定した低い数値で推移しております。先生は、今は何の心配もないですよと言ってくださっております。皆さん、これこそが御本尊様のお陰でなくて何でありましょう。御金言に、 「日蓮仏法をこゝろみるに、道理と証文とにはすぎず。又道理証文よりも現証にはすぎず」(御書 八七四) と、お教えくださっております。 私はこの御文を身を以て体験させていただきました。あれこれ考えますと、この四年半の間には、大病の他にも配達中の交通事故などがありました。 その一つは、相手の普通車が一時停止の標識を見落として直進してきて、私の軽のワゴンに衝突してきたことです。私の車は大破して二度と役に立たなくなり、可哀想ですが車の墓場へと行く羽目になりましたが、私には何の怪我もありませんでしたし、代わりの車も用意していただき、その間の保証もいただきました。 本当に数限りない功徳を戴いております。大御本尊様より戴いた御加護と御題目の功力に確信を深め、今も元気で働かせていただけることに心から深く感謝しております。毎朝、御本尊様に過去遠々劫現在漫々の謗法罪障消滅を願っております。したがいまして、何がありましょうとも、一つひとつの罪障を消してくださっているのだと信じ、皆様の万分の一にも満たない信心ですが、お寺に通わせていただき、懸命に信心に励んでいる今日この頃でございます。 御住職様の御指導に、「雑菌、バイ菌、魔に負けない身心を築き、信心を全うし、成仏の果報を得よう」とあります。信心の全うとは、申し上げるまでもなく、自行化他の遂行にあると存じ、まことに重い御言葉であると思っております。 本日の尊い地方部総会をさらなる出発点といたしまして、「広布大願の年」の目標がめでたく成就されますことを願って、私も老いの身に鞭を打ち、皆様から離れずしっかりついてまいりますことをお誓いし、体験発表とさせていただきます。(H15・5・5) |