安住寺支部 井尻健児 
 私は、両親が信心をさせていただいていたお陰で、生まれた時より入信しているという、恵まれた環境で過ごしてきました。子供の頃から、親には御本尊様のすばらしさや、この御本尊様に御祈念すれば、「祈りとして叶わざるなしだから、必ず幸せになれる」と教えられ、子供心に判らないままでも純真に、勤行、唱題していました。
しかし、大人になるにつれて、いつの頃からか、朝夕の勤行もしたりしなかったりの生活になり、何か困ったことや悩みが起こったときだけ、御本尊様の前に座るというような、いい加減な信心になっていきました。
 私の宿業だと思うのですが、もともとあきらめの早い性格なのに信心を根本に生活していないため、すべてにおいて中途半端な状態で、大人になってからも仕事は長続きせず、生活の上でもよい方向に物事が進んでいくことはありませんでした。そんな中でも御本尊様には、何度となく御加護を戴き、時には試練を戴き、真剣に信心を起こす機会をいただいていました。そのときどきでは、「がんばろう」との気持ちを起こし、信心修行をやり始めるのですが、長続きしませんでした。
 ついに去年の十月、仏様より人生最大の試練を戴いたのです。仕事が忙しかったこと、就業時間が不規則だったことなどに流されて、勤行、唱題を疎かにする日々が続いていました。三力月前の七月頃から咳がだんだんひどくなり、体調が優れず、我慢できなくなり、病院で診察してもらったのです。レントゲン写真に映った影で異常が見つかったため、医師に検査入院を勧められました。「一体何の病気だろうか?悪い病気だったらどうしよう」との不安と心配。
 そして、二週間に及ぶ精密検査の結果、間違いなくガンであると、医師より宣告されたのです。
 転移性肺腫瘍、ガンの種類は腺ガンというもので、ステージは四期、いわゆる末期ガンで、左右の肺全体のリンパ腺にガンが転移していて、かなりひどい状態であると告げられました。できる治療法としては、抗ガン剤ぐらいしかなく、投与しても二、三割効果があるかないか。しかも、「ガンの進行が早いので、三カ月と命はもたないでしょう」とまで言われたのです。同席していた家族は、話を聞きながら泣き出していました。そして、取り敢えずその場は、唯一の治療法である抗ガン剤の投与を早急にしてもらうように医師にお願いして、病院を後にしました。
 病院からの帰り道、家族全員で今後の事を相談するために、
食事に行きました。死の宣告に等しいガンを言い渡され落胆している私と、もし私が死んでしまえば、残されて辛い悲しい思いをしなければならない家族の、暗い暗い晩餐でありました。
 「何でガンになんかになったのか。これで死んでしまうのか。これからどうすればよいのか」
など頭の中は混乱し、私は半ば自暴自棄になり、その事を忘れようと浴びるほどお酒を飲んでいました。
 翌日、家族は、そんな私を勇気つけ、何とか励まそうと安住寺に連れて行ってくれました。その際、御住職・菅野修道御尊師には心温まる御指導をいただきました。また、講中の方々には、お心遣い、励ましの言葉をたくさんいただきました。
 茂山講頭には、「井尻さん、御本尊様が三十六歳の若い君の命を取ることは絶対にない。君はどうせ死ぬと言われたんだろう。死ぬことも生きることもすべて御本尊様にお任せして、今日から二時間でも三時間でも真剣に唱題しなさい。そうすれば、必ず御本尊様は守ってくださいます。抗ガン剤は、自分自身の体も痛めるから止めなさい。それよりも、総本山に御登山して、戒壇の大御本尊様にしっかり御祈念してきなさい」との指導をいただきました。



 このときの私は悩んでいました。
 「唯一の治療法である抗ガン剤を試さないということは、このガンという病気に対して、あきらめることになるのではないのか。取り敢えず一度は試したほうがよいのではないか」など指導の通りすべきか葛藤しました。
 しかし、そのような悩みは、翌日の総本山での御開扉に参加させていただいたときに、即、解消しました。
 「この信心を根本に、唱題でガンを克服するぞ」という決意に変わったのです。
 私は、御開扉中、本門戒壇の大御本尊様に、今までの中途半端な信心をお詫び申し上げ、「どうか、助けてください。ガンを治してください」
と真剣に御祈念しました。御法主上人猊下の御説法が終わる頃には、私は、目から涙が止まらなくなり、何とも言えない有り難い気持ちで胸が一杯になり、感動してしばらく体が動けなくなっていました。
 「妙とは蘇生の義なり。蘇生と申すはよみがへる義なり」
 (御書 三六〇頁)
との日蓮大聖人様の御金言にある通り、「この信心を真剣に続けてしっかり唱題していけば、ガンぐらい大したことはない。すぐに治る。御本尊様の御力はすばらしい」と、そのときに心の底から確信したのです。そして、有り難くも御秘符まで戴き、この日を境に、信心を根本に心がけた生活が始まったのです。
 当然、抗ガン剤の投与は、すぐに医師に相談して取りやめてもらいました。信心と唱題でガンと闘うと決めた以上は、「意地でも抗ガン剤は打たないぞ」という思いでした。
 それからというものは、大聖人様の、
 「只南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉らば滅せぬ罪や有るべき、来たらぬ福や有るべき。真実なり甚深なり、是を信受すべし」(同 四〇六頁)
との御金言を胸に、できるだけ毎日、安住寺に行き、ひたすら唱題に励みました。落ちこんで、あきらめそうになるときは、姉や妹が付き添い、連れて行ってくれました。
 また、毎月のお寺の行事にもできるだけ参加しました。青年部長のお供をして、家庭訪問もするようになりました。
 ガンを宣告されてからは、毎週月曜日と決めて総本山に登山させていただいています。生きて大御本尊様にお会いできる喜びに感激しては、自然に涙がこぽれ、「来週も必ず、お会いしにまいります」とのお約束をして、これを一週間の目標としています。
 そして不思議な事には、末期ガンであるにもかかわらず、咳が出る以外は大した苦しみも痛みもなく、食欲があり、体重は減るどころか、逆に増えていきました。周りの人たちが「本当にガンなの?」と驚くほど元気に過ごさせていただいています。また、治療費等で経済的に苦しむことも一切ありません。
これもすべて御本尊様の御加護であると感謝しています。
大聖人様の御金言に、
 「このやまひは仏の御はからひか。そのゆへは浄名経・涅槃経には病ある人、仏になるべきよしとかれて候。病によりて道心はおこり候か」(同九〇〇頁)
とあります。
今回の私の病気は、転重軽受する機会であり、変毒為薬し、この病気を唱題で克服することで、自分自身の罪障をきっぱりと断ちきり、「これからは、心を入れ替え真剣に信心修行をしていきなさい」と御本尊様が教えてくださっているのだと思うのです。
 さて、医師からの「あなたの命は三カ月ともたないでしょう」との、ガンの宣告を受けてから、半年になろうとしています。この信心をしていなかったら、医師の言う通り去年のうちに死んでいて、きっと今の自分は存在していないのだろうと思います。今私が生きているという事実は、まさに日蓮正宗の信仰が正しく、御本尊様の功徳力が間違いないという現証であると思います。
 また先日は、私の御本尊様への確信、この信心のすばらしさ、大聖人様の大慈大悲の御心を、周りの縁のある方たちにお話している中、創価学会の組織のあり方、友人葬に対する疑念を抱きながらも、学会に籍を置いていた以前の会社の友人を折伏することができました。この友人は、私の「創価学会はあかんで!」の一言をきっかけに、「正しい、功徳のある信心をしたい」と発心し、安住寺にて無事に勧誡を受けることができました。今回の折伏で、ダメなものはダメ、正しいことは正しいのだと、はっきり言うことの勇気と大切さを改めて感じました。
 来年の宗旨建立七百五十年の法華講三十万総登山に向け、私自身、命ある限り、もっともっと信心を磨き、唱題に励み、折伏も実践し、御本尊様のお役に立ち、御恩に報いるよう、御奉公していく決意です。
(大坂地方部総会 平成13年4月15日)