令和7年11月16日付

″トーゴに寺院建立″の未来が近づくように

地域での折伏、身内の折伏を

 寺院がなく、常駐御僧侶もいないトーゴ共和国の信徒は、全員がガーナの法華寺に所属して信心に励んでいる。
 今回は、トーゴ広布のために日々努力を重ねるトーゴの副リーダーを務めるアイェナ・メッサ氏に話を伺った。
  
●信心を始めたきっかけを教えてください。
アイェナ
 私がこの信心に出合ったのは一九九四(平成六)年七月、十八歳の時です。
 当時、私の故郷のアタパメには、SGI(創価学会インタナショナル)から決別して新たなスタートを切った十一名の信徒がいました。彼らは皆、御本尊様を護持しており、その方たちから折伏を受けたのがきっかけです。
 彼らは果敢に折伏を行い、各家に皆で集まって勤行や座談会を催していました。私も、誘われてこの座談会に参加したのです。
 そのなかで聞いた「諸天善神」にまず興味を持ち、教学を学びたいと思って座談会への参加を続けました。そして、信心に出合って約一年後の十一月十一日に御授戒を受けることができました。

御本尊様御安置への貴重な体験
●お寺が建立される前から信心に励まれてきたのですね。今までに信心で困難を克服した体晩はありますか?
アイェナ
 御授戒を受けた翌日に、ガーナのアクラで御本尊様を御下付戴きましたが、御安置できたのは約半年後の一九九六年四月二日でした。
 御安置に時間がかかったのは、まずは私が末っ子で、私以外の家族が西アフリカで普及している民間信仰(呪術)をしていたことによります。父は既に他界しており、母・伯父・伯母・兄弟と私が、一つの家に住んでいました。
 御本尊様をお受けしてトーゴに戻った翌日、母から御本尊様の御安置を拒まれました。理由を尋ねますと、「呪術の司祭に相談してきたからだ」と答えました。私は「功徳を積むために御本尊様を家にお迎えすることがなぜ叶わないのか」と言いましたが、首を縦には振ってくれませんでした。
 そこで当時の地域リーダーに家にきてもらい、母への説得を試みましたが、それも拒まれ、時間だけが過ぎていきました。そのようななか、私自身が病に罹って瀕死の状態になるま
で悪化し、病院に運ばれました。母は司祭に相談し、呪術の療法で調合された薬を服用するよう薦めてきましたが、私は拒否しました。
 家族は怒り、「このように仕向けたのは地域リーダーである」と、彼にその矛先が向けられる騒動に発展してしまいましたが、地域リーダーは他の信徒とともに唱題に唱題を重ねてくれました。私はその唱題のお陰で見違えるほど快復し、翌年の元旦勤行にも参加が叶いました。
 御本尊様の功徳と力用を改めて碓信した私は、再び家族と御本尊様の御安置に関して協議を重ね、無事に了承を得て、御安置が叶いました。なお、その後、長兄と甥たちを折伏して入信に導き、うち四名は既に御本尊様を受持しています。

●魔を見事に克服して入仏式が叶ったのですね。新型コロナウィルス感染症の大流行は、私たちの信心に何を教えてくれたととらえていますか?
アイェナ
 コロナによる疫病は、かえってトーゴ法華講の信心を強靭にしてくれたと感じます。
 第一に、コロナの影響は確かに甚大で、私たちは国境閉鎖や国の政策によってガーナ法華寺への参詣や国内での活動自粛を余儀なくされました。しかし、そのことが逆に、悲願である自国への寺院建立と常駐御僧侶をお迎えしたいという気持ちを強め、実現のためには弛まず信心を実践することが大事であると認識する機会となりました。
 第二に、人間の脆さを理解しました。ウィルスの脅威の前では私たちは無力です。しかし、日蓮大聖人様が『立正安国論』に説かれる教えの通りで、今こそこの教えを弘めるべき時という理解をリーダー各位と共有し、御住職・高木法本御尊師の御法話をもとに、信徒を激励)ました。
 コロナ禍の制限が解除され折伏活動を再開した二〇二二年から毎年、折伏誓願目標を達成しています。この年の五月十七日に国境が再開し、お寺に参詣できるようになりました。
 今年も目標三百三十名のうち二百十四名の折伏が成就しており、必ず達成するため各地区、ブロックの活動を充実させ、皆で動いています。
●最後に、今後の決意を聞かせてください。
アイェナ
 各年の折伏誓願目標を達成するため、地域リーダーをサポートしてまいります。そして、寺院建立と常駐御僧侶をいつかお迎えできるよう、トーゴ広布に向け異体同心してさらに信行に邁進します。個人の目標としては、二〇三〇年までに妻と二人の子供と一緒に登山を叶えたいです。また、母・兄弟を含めた家族全員の折伏成就に向け精進してまいります。