平成23年2月16日付

国の宿業転換する人材の育成を
「セブに拠点」の夢実現へ家族で第一歩
 
 大小七千以上の島国・フィリピン。東南アジアにいながら西洋文化が濃厚な理由は、人口九千万人の実に九十三パーセント以上がキリスト教を信仰することにあると言っても過言ではない。
 その起源は、一五二一年にポルトガルの探検家マゼランがヨーロッパ人で初めてフィリピンを訪問し、その時同行した修道士が島民一百名を改宗させたことにあるという。その島とは、現在世界有数の一大リゾート地として有名なセブ。
 今回紹介するスーザン・ヘロンガイさんは、出身こそ南部ミンダナオ地方ダバオ市だが、現在はセブを代表する信徒として活躍する五十二歳。元気あふれる笑顔がたいへん魅力的な婦人である。
●まず、入信の動機について教えてください。
へロンガイ
 アテネオ大学ダバオ校に通っているときに、ボーイフレンド、現在の主人のラモン・へロンガイに折伏されたのがきっかけです。
 私は敬虔なカトリックの家に育ち、大学在学中も熱心に教会に通っていました。日によっては四回も、校内の祈祷所で祈りを捧げたり、賛美歌を作詞・作曲したりしたほどです。
 ある日、ラモンに言われるまま彼の兄の家に行き、初めてこの信心の話を聞きました。フィリピン人は、一般的に信仰の話にはまじめに耳を傾けますが、私の場合は聞いて終わりではなく、何か得体の知れない大きな力を感じたので、日蓮正宗についても勉強してみることにしたのです。
 見よう見まねで日々唱題をしていくうちに、はっきりと自分の生活に変化が現われていくことに驚きました。経済・健康・家族、私たちが常に抱える問題の一つひとつが見事に解決していく経験をくり返していくうちに、空想的で非現実的なキリスト教を信仰することを、いつの間にかすっかり忘れ去っていました。
●セブのメンバーの草創期について教えてくださ
へロンガイ
 一九九二(平成四)年以降、セブでもSGI(創価学会インタナショナル)の活動内容が急速に先鋭化して、いつも何か批判めいた内容の会合ばかりになったのです。フィリピン人は他人を批判するのが嫌いなので、私も含めて大勢のメンバーが、だんだん会合に出るのをやめていきました。しかしこの信心をやめるつもりはなく、どうしたらいいか途方にくれていたところ、マニラのエディ・セラノさんを通じて、総本山の御僧侶と接することができると知りました。ほどなく宗務院海外部の御僧侶方にお会いでき、正しい信心を再開できました。一九九六年四月、三世帯からのスタートでした。
 その後、愛する長男を不慮の事故で亡くすなど、人生最大の悲しい出来事もありましたが、その都度、海外部の御僧侶や、たくさんの同志の方々のお陰で立ち直れました。総本山に納骨させていただいている息子の分まで一生懸命信心していこうと、家族力を合わせてがんばっています。
●へロンガイさんの「普段着の折伏」について、教えてください。
へロンガイ
 活動日だけの活動にとどまらず、職場でも常に折伏を考えています。
 私はソーシャルワーカーの資格を持っていて、現在様々な事情から教育を受ける場が正当に与えられない青少年、無数のストリートチルドレンの福祉事業を行う財団に所属しています。
 この財団が開催する懇談会や保護活動を通し、彼らには、本当の宗教による本当の生活教訓が必要であることを訴えています。生まれ落ちたときから社会的弱者だと信じこんでいる彼らも、この「南無妙法蓮華経の御力によって、国全体の宿業を転換するために大切な意義ある存在へと生まれ変わることができる、そのことを教えています。

●へロンガイさんの次の目標について教えてくだい。
へロンガイ
 「マニラだけでなくセブにも活動拠点がほしい」が、私たちの長年の夢であり、目標です。
 昨年七月二十五日、マニラに布教所が開かれ、セブからも多数の信徒が参加しました。法要に参加しながら「待っているだけではいけない。私たち家族が、夢の実現のために先陣を切ろう」と決意し、十月二十五日、約一二〇平方メートルの土地を購入しました。今後は、この場所に「教育センター」を建設し、様々な事情でまっとうな教育を受けられない地域の青少年に、学習制度を通して正しい仏法を教えていこうと思います。衣食住を提供することだけが本当の救いではないと、私自身が仕事を通して実感しているからです。正しい教えに則った正しい教育こそが、この国がよりよく生まれ変われる方法であると信じています。
  ◇   ◇
 去る一月九日、「教育センター」地域で出張御授戒が行われた。
 十五名が十二歳以下の子供たち、一名はその母親だった。
 「少年部の子供たちが友だちを折伏する。そうすると、家に帰って話を聞いた親ごさんが興味を持ち、次の会合に参加してくれるんです」と、へロンガイさんは喜びを体中で表現する。
 一月下旬に、フィリピンに御下向戴いた御法主日如上人猊下を間近に拝することができ、感激の涙を流しながら誓った。「御法主上人猊下にお応えするため、セブにも御僧侶に常駐していただくという次の夢に向かってがんばります」。
 彼女の底知れぬバイタリティーの源は、やはり、折伏への情熱である。