平成23年2月16日付
総本山を歩く
第30歩 ~蓮東坊~
  総本山の三門をくぐり参道の歩みを進めると中央塔中の東側に蓮東坊があります。
 蓮東坊は、第3祖日目上人の弟子であった三河公日蔵師が、大聖人の第13回忌の年である永仁2(1294)年に創建されました。
 その後は、再建・改築等をくり返し、近年においては、明治27(1894)年、大正10(1921)年、昭和31(1956)年に改築が行われています。
 大正10年の改築の際には、当時蓮東坊に居住されていた有川法梁御尊師が、兼務住職であった久成坊住職・下山廣琳御尊師の助言により、青木守高氏と東京本因妙講の講頭であった袴田長吉氏及び講員一同、並びに蓮東坊檀信徒の尽カを得て、大改修工事を行いました。
 現在の蓮東坊の山門は、その当時に新築されたものです。
 現在の建物は、平成19年、御当代日如上人猊下により、立正安国論正義顕場750年の記念事業として再建新築され、同年11月15日、日如上人猊下大導師のもと、新築落度入仏法要が厳粛かつ盛大に奉修されました。本堂中央の御宝前には、日如上人が認められた常住御本尊が御安置されています。
 歴代の御住職には、第61世日隆上人も務められております。
 日蔵師は、元徳2(1330)年に第2祖日興上人が定められた「大石寺番帳の事」の第11番目に名が記され、最後には、
 「右鎮番の次第を守り懈怠なく勤仕せしむ可きの状件の如し」(日蓮正宗聖典 637㌻)
とあるように、大坊での勤行と給仕を怠ることなく勤めるよう、日興上人より任されていたことが判ります。
 その後は、下野平井(栃木県)に信行寺を建立され、初代住職として、興国3(1342)年までの約40年の間、寺運興隆に尽くされ、広布に邁進されたのです。
 私たちは、日興上人、日目上人に仕えて修行に励み、さらに栃木県に寺院を建立して、弘教に身を尽くされた日蔵師の信仰姿勢を学び、所属寺院を外護し、広宣流布に向かって祈伏を実践して、家族や友人等を正法に導いていくことが大切です。