御法主日如上人御指南 
3月度広布唱題行の砌
平成30年3月18日 
於総本山客殿

 本日は、三月度の広布唱題会に当たり、皆様には多数の御参加、まことに御苦労さまでございます。
 本年「行動の年」も既に三月に入り、皆様には本年度の折伏誓願達成のため、また来たるべき平成三十三年・宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年、法華講員八十万人体勢構築の実現へ向かって、寸暇を惜しんで御奮闘のことと存じます。
 さて、大聖人様は『阿仏房尼御前御返事』に、
 「いふといはざるとの重罪免れ難し。云ひて罪のまぬがるべきを、見ながら聞きながら置いていましめざる事、眼耳の二徳忽ちに破れて大無慈悲なり。章安の云はく「慈無くして詐り親しむは即ち是彼が怨なり」等云云。」(御書 九〇六n)
と仰せであります。
 ただいま拝読いたしましたこの御書は、建治元(一二七五)年九月三日、佐渡の阿仏房尼へ与えられた御返事であります。
 皆様も御承知のように、阿仏房夫妻は日蓮大聖人御在世当時の御信者で、元々は念仏者でありましたが、日蓮大聖人様の佐渡配流中に、塚原三昧堂で大聖人様を論詰しようとして、反対に大聖人様に諄々と諭され、念仏を捨てて夫妻共ども帰伏した方であります。
 以来、阿仏房夫妻は大聖人様が赦免されるまでの間、献身的に常随給仕されて外護の務めを果たし、さらに大聖人様の赦免後も、齢九十に及ぶ身ながら大聖人様をお慕い申し上げ、佐渡からはるばる山海を隔てて、大聖人様のまします身延まで三度も登山参詣されているのであります。
 今、私どももこの阿仏房の御登山 の精神を継ぎ、いよいよ信心強盛に、本門戒壇の大御本尊様への渇仰恋慕の思いを持って登山参詣され、その功徳と歓喜をもって、いよいよ自行化他の信心に励んでいかなければならないと思います。
 さて、初めに「いふといはざるとの重罪免れ難し」と仰せでありますが、この御文意は、前段において、謗法に対しては厳しく破折すべきであるが、時にその浅深によって厳しく責めないこともある。しかし、相手の謗法を知って、これを明らかに破折すれば世間の憎しみを受け、さりとて、これを黙して破折もしなければ与同罪を受けなければならない。いずれにしろ、その重罪は逃れ難い。しかも謗法の者を見て、これを破折すれば与同罪を逃れることができるのに、謗法を目の当たりにして、また耳にしながら誡めないのは「眼耳の二徳忽ちに破れて大無慈悲」の者となるとの御指南であります。
 されば、章安大師は「慈無くして詐り親しむは即ち是彼が怨なり」と仰せられ、詐り親しむのではなくして、一人でも多くの人に慈悲の心をもって下種折伏していくことが、いかに大事であるかを教えられているのであります。
 特に今、宗門は、来たるべき平成三十三年・宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年、法華講員八十万人体勢構築の実現へ向かって、僧俗一致の態勢をもって前進しておりますが、その誓願達成のためには、異体同心の団結をもって折伏に打って出ることが絶対不可欠であります。
 されば、大聖人様は『生死一大事血脈抄』に、
「総じて日蓮が弟子檀那等自他彼此の心なく、水魚の思ひを成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱へ奉る処を、生死一大事の血脈とは云ふなり、然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり。若し然らば広宣流布の大願も叶ふべき者か。」
 (同 五一四n)
と仰せられ、広布達成の要諦は異体同心の団結にあることを御教示あそばされているのであります。
 どうぞ皆様には、平成三十三年の誓願達成の戦いには、講中一結・異体同心の団結が不可欠であることを銘記され、いよいよ御精進くださることをお願いし、本日の挨拶といたします。