御法主日如上人御指南 
十二月度 広布唱題会の砌
 大白法 平成27年12月16日
平成二十七年十二月六日
於 総本山客殿

 皆さん、おはようございます。
 本日は、本年度最後の広布唱題会に当たり、皆様には多数の御参加、まことに御苦労さまでございます。
 本年もいよいよ師走に入り、残りあと二十六日となりましたが、皆様方には折伏誓願達成を目指して、昼夜を別たず、僧俗一体となって御精進のことと思います。
 もちろん、このなかには既に本年度の折伏誓願を達成された支部もありますが、未達成の支部は、なんとしてでも年末までには必ず誓願を達成されますよう、心から願うものであります。
 さて、心地観経を拝しますと、
「仏日は三千界に出現し、大光明を放ちて長夜を照らす。衆生は睡れるが如く覚知せざれども、光を蒙れば無為の室に入ることを得ん」
とあります。
 仏の広大無辺なる大慈悲は、衆生が知ろうが知るまいが、相手が望もうが望むまいが、常に衆生の上に降り注いでおり、その光を被れば衆生は必ず悟りに至ることができるとの仰せであります。
 これを我々の折伏に当てはめれば、相手が望もうが望むまいが、相手が聞こうが聞くまいが、まず信心の話をして下種することが大事であり、それによって縁が結ばれ、やがて入信に至ることになるのであります。
 されば、大聖人様は『法華初心成仏抄』に、
「元より末法の世には、無智の人に機に叶ひ叶はざるを顧みず、但強ひて法華経の五字の名号を説いて持たすべきなり。其の故は釈迦仏、昔不軽菩薩と云はれて法華経を弘め給ひしには、男・女・尼・法師がおしなべて用ひざりき。或は罵られ毀られ、或は打たれ追はれ、一しなならず、或は怨まれ嫉まれ給ひしかども、少しもこりもなくして強ひて法華経を説き給ひし故に今の釈迦仏となり給ひしなり。」(御書一三一五n)
と仰せられているのであります。
 御承知の通り、不軽菩薩は威音王仏の滅後、像法時代に出現し、一切衆生に仏性があるとして礼拝讃歎し「我深く汝等を敬う。敢えて驕慢せず。所以は何ん。汝等皆菩薩の道を行じて、当に作仏することを得べし」
(法華経 五〇〇n)
と唱えて、会う人ごとに対して専ら礼拝を行じたのであります。
 しかし、増上慢の四衆、つまり比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷は、不軽菩薩に対して瞋恚の心を生じ、悪口罵詈したのであります。
 だが、不軽菩薩は悪口罵詈されながらも、けっして怒らず、多年にわたって「汝、当に作仏すべし」と言って、礼拝行を続けたのであります。
 そのため、増上慢の四衆は不軽菩薩に対して、杖木瓦石をもって打擲し、迫害を加えたのであります。それでも不軽菩薩は、
「我敢えて汝等を軽しめず。汝等皆当に作仏すべし」(同 五〇一n)
と言って、なおも礼拝行を続けたのであります。
 ひたすら礼拝行を続けた不軽菩薩は、その功徳によって、命終わらんとする時に至って、威音王仏の説かれた法華経を虚空のうちに聞き、ことごとく受持して六根清浄を得、六根清浄を得己ってさらに二百万億那由他歳、寿命を延ばし、大神通力等を得たのを見て、不軽菩薩を迫害した人々も皆、信伏随従し、一度は不軽菩薩を迫害したために地獄に堕ちましたが、この罪を畢え己って、成仏することができたのであります。
 この不軽菩薩の振る舞いを見るとき、今日、我々が折伏を行ずるに当たって心得べき大事なことが示されていると思います。
 すなわち、いかなる人でも必ず仏性を内在しており、その仏性は正しい縁、すなわち最高至善の本因下種の妙法の縁に触れてこそ、仏性が仏性としての用きをするのでありますから、たとえ相手が信仰に反対して悪口罵詈しようが、不軽菩薩がそうであったように、妙法を下種結縁して、根気よく折伏を続けていくことが肝要なのであります。
 よって『阿仏房尼御前御返事』には、
「いふといはざるとの重罪免れ難し。云ひて罪のまぬがるべきを、見ながら聞きながら置いていましめざる事、眼耳の二徳忽ちに破れて大無慈悲なり。章安の云はく「慈無くして詐り親しむは即ち是彼が怨なり」等云云。」(御書 九〇六n)
と仰せであります。
 謗法の害毒によって苦しんでいる人を見て、ただいたずらに詐り親しむばかりで、その人を救おうともせず、仏法の話もせず、慈悲の心も懐かず、折伏もしないということは、相手にとってこれほど無慈悲なことはないのであります。しかも、そればかりではなく、折伏しないことは自分自身にとっても、過去遠々劫からの罪障も消滅できずにいることになるのであります。
 されば、大聖人様は『持妙法華問答抄』に、
 「願はくは「現世安穏後生善処」の妙法を持つのみこそ、只今生の名聞後生の弄引なるべけれ。須く心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱へ、他をも勧めんのみこそ、今生人界の思出なるべき。」(同 三〇〇n)
と仰せであります。
 私どもは「須く心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱へ、他をも勧めんのみこそ、今生人界の思出なるべき」との御文を肝に銘じて、よくよく拝すべきであります。
 今、宗門は来たるべき平成三十三年・宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年、法華講員八十万人体勢構築に向かって、僧俗一致して前進しております。
 この時に当たり、我々一人ひとりが広布に生きる尊い使命を自覚し、不軽菩薩の行化を手本にして、慈悲の心を持ち、忍辱の衣を着て、辛抱強く折伏に励み、もって折伏誓願達成へ向かって、力の限り御奉公を尽くしていくことこそが最も肝要と思います。
 どうぞ、皆様にはいよいよ強盛な信心のもと、自行化他の行業に励まれますよう心からお願いし、本日の挨拶といたします。