御法主日如上人御指南 
御法主上人猊下お言葉
三月度 広布唱題会の砌
(令和3年3月7日 於 総本山客殿)

 本日は、三月度の広布唱題会に当たり、皆様には御繁忙のところ参加され、まことに御苦労さまでございます。
 さて今日、新型コロナウイルス感染症によって、日本をはじめ世界中が騒然とした状況を呈しておりますが、かくなる時こそ、私どもは改めて世の中の安寧と人々の幸せのために『立正安国論』の原理に従って、一致団結・異体同心して正法流布に邁進していかなければならないと思います。
 大聖人様は『如説修行抄』に、
「末法の始めの五百歳には純円一実の法華経のみ広宣流布の時なり。此の時は闘諍堅固・白法隠没の時と定めて権実雑乱の砌なり。敵有る時は刀杖弓箭を持つべし、敵無き時は弓箭兵杖なにかせん。今の時は権教即実教の敵と成る。一乗流布の代の時は権教有って敵と成る。まぎらはしくば実教より之を責むべし。是を摂折の修行の中には法華折伏と申すなり。天台云はく『法華折伏破権門理』と、良に故あるかな。然るに摂受たる四安楽の修行を今の時行ずるならば、冬種子を下して益を求むる者にあらずや。鶏の暁に鳴くは用なり、よいに鳴くは物怪なり。権実雑乱の時、法華経の御敵を責めずして山林に閉ぢ篭りて摂受の修行をせんは、豈法華経修行の時を失ふべき物怪にあらずや」(御書六七二n)
と仰せであります。
 すなわち今日の如く、邪義邪宗の謗法が国中に充満し、五濁乱漫とした世相を呈している末法においては、相手の誤りを容認しつつ、次第に誘引して正法に入らせる化導法、つまり摂受ではなく、「法華は折伏して権門の理を破す」(学林版玄義会本下 五〇二n)
と仰せの如く、相手の邪義邪法の謗法を破折して正法に帰依させる化導法、すなわち折伏をもって正法に帰依せしめていくことが肝要であると仰せられているのであります。
 されば『聖愚問答抄』には、
「今の世は濁世なり、人の情もひがみゆがんで権教謗法のみ多ければ正法弘まりがたし。此の時は読誦・書写の修行も観念・工夫・修練も無用なり。只折伏を行じて力あらば威勢を以て謗法をくだき、又法門を以ても邪義を責めよとなり」(御書 四〇三n)
と仰せられ、末法濁悪の今時においては、折伏こそ時に適った最善なる弘教の方途であることを明示あそばされているのであります。
 さらに『南条兵衛七郎殿御書』
「いかなる大善をつくり、法華経を千万部書写し、一念三千の観道を得たる人なりとも、法華経のかたきをだにもせめざれば得道ありがたし」(同 三二二n)
と仰せられ、末法は折伏をもって正規とすることを明記され、「法華経のかたき」すなわち、邪義邪宗の謗法を破折し、折伏を行じない者は「得道ありがたし」と厳しく御教示あそばされているのであります。
 されば『曽谷殿御返事』には、
「謗法を責めずして成仏を願はゞ、火の中に水を求め、水の中に火を尋ぬるが如くなるべし。はかなしはかなし。何に法華経を信じ給ふとも、謗法あらば必ず地獄にをつべし。うるし千ばいに蟹の足一つ入れたらんが如し。『毒気深入、失本心故』とは是なり」(同一〇四〇n)
と仰せであります。
 これらの御文を拝し、私ども一同、コロナ感染症によって世情騒然としている今こそ、講中一同、意を決して立ち上がり、一人でも多くの人々に対して、末法の御本仏宗祖日蓮大聖人の仏法の広大無辺なる功徳を説き、折伏を行じていかなければならないと思います。
 どうぞ皆様方には、かくなる意を斟酌せられ、決意を固め、全力を傾注して折伏を行じられますよう心から願い、本日の挨拶といたします。