御法主日如上人御指南 
御法主上人猊下お言葉
宗祖御誕生会・五重塔のお塔開きの砌
(令和2年2月16日 於 総本山五重塔)

 本日は、宗祖日蓮大聖人の御誕生会を奉修申し上げたところ、皆様方には深信の登山、まことにおめでとうございます。
 皆様には既に御承知の通り、宗祖日蓮大聖人は、今から七百九十八年前、貞応元(一二二二)年二月十六日、安房国(現在の千葉県)に御誕生あそばされました。
 大聖人の末法御出現は、既に三千年の昔、釈尊が法華経において予証されており、如来神力品には、
「日月の光明の 能く諸の幽冥を除くが如く 斯の人世間に行じて 能く衆生の闇を滅す」(法華経 五一六n)
と仰せられているのであります。
 大聖人は、この御文について『寂日房御書』に、
「此の文の心よくよく案じさせ給へ。「斯人行世間」の五つの文字は、上行菩薩末法の始めの五百年に出現して、南無妙法蓮華経の五字の光明をさしいだして、無明煩悩の闇をてらすべしと云ふ事なり。日蓮等此の上行菩薩の御使ひとして、日本国の一切衆生に法華経をうけたもてと勧めしは是なり。」(御書一三九三n)
と仰せであります。
 すなわち、法華経神力品の御文は、末法に上行菩薩、すなわち内証久遠元初自受用身の御本仏日蓮大聖人が御出現されることを予証されたものなのであります。
 そもそも釈尊は、迹化・他方の菩薩達が滅後の弘教を願い出たのを制止して、涌出品において、上行菩薩を上首とする六万恒河沙の地涌の菩薩を大地から呼び出だされ、如来寿量品を説いたのち、如来神力品において、上行等の四菩薩を上首とする本化地涌の菩薩に対して、法華経の肝要、妙法蓮華経を四句の要法に括って付嘱され、滅後の弘通を委ねられたのであります。
 大聖人は、その上行菩薩の再誕として末法に御出現あそばされました。しかし、これは外用のお姿であり、内証深秘の上から拝すれば、久遠元初自受用身の御本仏にましますのであります。
 故に、総本山第二十六世日寛上人は『文底秘沈抄』に、
 若し外用の浅近に拠れば上行の再誕日蓮なり。若し内証の深秘に拠れば本地自受用の再誕日蓮なり。故に知んぬ、本地は自受用身、垂迹は上行菩薩、顕本は日蓮なり」(六巻抄 四九n)
と仰せられているのであります。
 この御本仏大聖人が所持あそばされるところの妙法とはいかなる法かと申せば、すなわち久遠の本法たる妙法五字であり、まさしく人即法・法即人の妙法蓮華経にして、人に約せば久遠元初自受用報身如来の再誕、末法御出現の御本仏宗祖日蓮大聖人であり、法に約せば久遠元初の妙法であります。
 この久遠元初の妙法こそ、釈尊をはじめ三世諸仏の護持する根本の法にして、一切衆生救済の根源の法であります。しかも、その妙法は『報恩抄』に、
「日蓮が曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外未来までもながるべし。日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり。無間地獄の道をふさぎぬ」(御書一〇三六n)
と仰せのように、末法万年尽未来際に至るまで尽きることなく流布し、永遠に一切衆生を救済される大法であります。
 また、この御文のなかで「日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり」と仰せられていますが、これは単に日本国だけに止まらず、全世界を指しているのであります。
 すなわち『乙御前御消息』に、
「抑一人の盲目をあけて候はん功徳すら申すばかりなし。況んや日本国の一切衆生の眼をあけて候はん功徳をや。何に況んや一閻浮提四天下の人の眼のしゐたるをあけて候はんをや」(同 八九八n)
と仰せの如く、末法の御本仏宗祖日蓮大聖人の仏法は、日本国一国だけに止まらず、「一閻浮提四天下」すなわち世界中のすべての人々を成仏の直道に導く、最も偉大なる教えなのであります。
 今日、世間を見ると、末法五濁悪世の世相そのままに、世界のどこかで戦乱が絶えず、また新型コロナウイルスによる感染拡大によって騒然とした様相を呈しております。さらに自然界においても、異常気象による温暖化や、大規模な山火事などによって大きな被害が出ておりますが、こうした混沌とした現状を救済しうる唯一の大法こそ、末法の御本仏宗祖日蓮大聖人の仏法であります。
 故に今、末法の我ら衆生は、日蓮大聖人を久遠元初の御本仏と仰ぎ奉り、大聖人が御建立あそばされた人法一箇の大御本尊を帰命依止の本尊と崇め、至心に妙法を唱え、自行化他にわたる信心を行じていくところに、安穏なる国土世間を築き、真の世界平和と即身成仏の本懐を遂げることができるのであります。
 したがって、本宗の僧俗は一人でも多くの人に、そして一日も早く、折伏を行じて、もって末法の御本仏日蓮大聖人の仏法に帰依せしめていくことが最も肝要なのであります。
 大聖人は『聖愚問答抄』に、
「今の世は濁世なり、人の情もひがみゆがんで権教謗法のみ多ければ正法弘まりがたし。此の時は読誦・書写の修行も観念・工夫・修練も無用なり。只折伏を行じて力あらば威勢を以て謗法をくだき、又法門を以ても邪義を責めよとなり。」(同 四〇三n)
と仰せであります。
 折伏によって人を幸せに導くことは、自分自身もまた幸せになることであります。
 されば皆様には、本年「御命題達成の年」にふさわしく、世界中のすべての人々に対して折伏を行じ、自他共の幸せを築かれますよう心からお祈り申し上げ、本日の挨拶といたします。